戦国時代の人物で物語を作ろう
- 1 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/22(日) 19:13
- 以下、前スレ主が定められた規律。
:エロネタは禁止
以上、前スレ主の定められた規律。以下、前スレらしきもの
ttp://musou.s38.xrea.com/test/read.cgi/bbs2/1150789925/
- 2 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/23(月) 03:07
- 慶長5年9月15日。関ヶ原の戦いにて、石田三成・宇喜多秀家を主体とした西軍を打ち破った東軍総大将の徳川家康は
大坂城入りを果たし、その弓矢にて奸臣・石田三成等を征伐した旨を豊臣秀吉が遺児・豊臣秀頼へ伝えた。この忠節
は淀君にも褒められたもので、家康はただただ恐縮していた。
豊臣が賤ヶ岳の七本槍と称えられた、片桐且元は、殊勝なる物言いをする家康に、別して祝いの品を送ることを伝える。
これには家康一同、皆頭を下げて感謝した。福島正則という者に至っては、肩を震わして感激している。
「…」
家康は頭を上げると、視線を左斜め後方にいる徳川秀忠へと向けた。何か言いたげな、父・家康の表情に秀忠は小首
を傾げて確認を取ろうとするが、家康は顎で秀頼を指すばかりで何も言おうとしない。
「!」
そうか。そうだったのか。秀忠はようやく理解できた。
先の関ヶ原の戦い、自分は木曾の要衝を越えるのに苦労をした為に、天下分け目の決戦に参加できなかった。父上は、
この秀忠めに、舞台を与えてくれたのだ。
「御前に侍りまするは、豊臣が朝臣・徳川秀忠なり。三成が大乱が治まると言えど、奥州上杉、九州島津らの不逞の逆臣
を未だ征伐できておりませぬ。不肖秀忠、身命を投売りこれを征伐し、豊臣が朝臣としての役目を果たしたく存じます!」
この秀忠が家康より征夷大将軍の位を譲られるのは、慶長8年の事である。
が、此度、上記の人物が活躍するのは皆無といってもよろしい。
此度、最も理解し難い状況に巻き込まれるは、一色氏の末裔である一色崇伝その人である。
慶長13年。駿府に招かれた崇伝は幕政に参加するべく、路銀を手渡されて江戸へと走った。
江戸においての暮らしも、時が経てば充実するようになり、私も名族・一色氏の血筋という事からか、仲間も増えた。
「どうした、宰相(崇伝のこと)。冴えない顔をして」
その仲間の一人が彼、柳生又右衛門宗矩。真っ白な公家装束に身を包んだ、幕府の重臣らしくない格好が特徴的で、
長い長い長髪は頭の高みで一本に結び、重力に従い垂らしている。お陰で、背中を見ただけで師範(宗矩のこと)だと人目で分かる。
「冴えないって…。私は何時でも冴えない顔をしていると思っていたが?」
私が勾欄に身を任せ、頬杖をついてそう言うと、師範は呵々と笑った。
「自分で冴えないだの、才能がないだのと考えている間は幸せだな。ははは」
「そういう師範だって、剣術師範だ。天才は羨ましいよ」
「ふうん」
ふうん。って、なんだ師範よ、その「どや顔」は。私としては、苛立つばかりだぞ。
「だがな、宰相…。平和な世において、剣は飾りでしかないぞ? 輪廻転生という物があるのならば、俺はお前のように
生まれ変わりたいと思っている。治世の才。いや、救世の才が欲しいんだ」
- 3 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/23(月) 03:26
- 「救世の才…? 大御所や、かの太閤の事か…?」
「…まあ、分かる時が来る」
「変な奴だな」
私の言葉が気に入らなかったのか、師範は「仕事が残っているから」と言い残して足早に去っていった。
そういえば、私も用事があったな。天海が興味深い物を見つけたから、見せてくれるらしいが…何を見せてくれるのだろう。
渡殿を何度も曲がり、江戸城の端にある南光坊天海の私室へと私は足を運んだ。
「大師(天海のこと)、大師。寝ているのか?」
大師は寝ている事が多い。政治家として有能なあまり、時間が多く余っているのだ。どうせ、見せたいものだって、あまった
時間の中で探していて、偶然見つけたものなのだろう。故に、私はあまり期待せずにここまで来た。
「お? 宰相、来ましたか」
大師の声がした。珍しくおきているようだ…って、呼び出しておいて、眠っていたら失礼の限りなのだがな。
「来た。入るぞ」
「どうぞ」
私が襖を開けると、そこには薄暗い部屋の中央で悩ましい顔をした大師と火鉢程の大きさをした木箱があった。
「宰相、これを知っていますか…? 先日、京都の宮中倉庫からかっぱらって来たものですが」
「かっぱらった…。盗んだのか!? 朝廷と言えど、腐っても鯛だぞ! 重罪だ!!!」
「しーっ! しーっ!!!」
驚いて大声を上げる私を、大師は即座に立ち上がるや否や走りだし、突き飛ばして黙らせた。酷い、酷すぎる。
「痛いじゃないか…」
「すみません。ですが、拙僧と言えども命が惜しい。他言はばかりますれば…」
「わかった、わかった」
そう理解を示すと、大師はようやく姿勢を落ち着けた。私は間髪入れずに本題へと突入させる。
「して、大師。その木箱か? 見せたい代物というのは」
私がそう聞くと、大師は小箱に手を添えて答えてくれた。
「んー…。見せたいというより、開けていただきたい代物ですがね…」
いつになく言葉を濁す大師は、そのまま木箱を私の方へ突き出してくる。受け取れという事か。
しかし、『開けてほしい』とはどういう事だろう。まさか、封を解いている暇が、大師にないわけでもあるまいし…。
「開ける? どういう事だ?」
「開けてほしいのですよ。私では、どうやっても開けられないのです」
「時間はあるのに?」
「時間の問題ではない、才能の問題です」
「…」
これを開けるのに、何の才能が必要なのか。アーサー王伝説じゃあるまいし、特別な力が必要なのだろうか。
特別な力と言えば、大師は陰陽道や風水といった法力学…と言っていいのか? そういった特殊な力への理解が深い。
「まさか…。陰陽道関連の事か…?」
「いや」
その『いや』を聞いて、私はどれだけ救われただろうか。私も陰陽道には興味を示してはいたが、大師には遠く及ばない。
すなわち、そういった類の能力が問われるならば、最初から私に開ける事は不可能なのだ。ああ、恥かかずにすむ…。
「近いが…もっと恐ろしい…。全ての占術・呪術の技術の最高峰である『魂魄遊戯』なのですよ…これは…」
「…頭、大丈夫か? 大師…?」
- 4 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/23(月) 04:00
- 私も最初は信じたくなかった。だって、そんなに凄い代物だと思いたくなかったのだから。
「私は常に正! 正常です!!! とにかく、宰相はこれを開けてきなさい!!!」
『大丈夫ですか?』発言で、怒らせてしまったか。私は木箱を押し付けられて、そのまま大師の部屋から追い出された。
「…とは言っても…。開けられるわけないでしょう…」
私の手元に残されているのは、すぐにでも壊せそうな木箱一つだけ。これ、師範に頼んだら切り開いてくれそうだが…。
「たああああ!!!」
私が斧で叩いても、槌で叩いても、木箱は傷一つ負わずに目の前で健在している。
この強度は異常だ。もし、師範に頼んだりしたら、自慢の刀が刃毀れしてしまい、涙を流すであろう。頼むのは駄目だ。
「でもどうしよう…。開けられないしな…」
叩いても開けられない。とは言っても、私の力ではどうしようにも…。いや、江戸城の釣殿で考えに耽っていても詮方ない。
私は、京都にある誰も住んでいない本家へ久しぶりに戻り、資料を集める事にした。本家なら、何かあるかも…。
その為には、外出許可を頂かなければならない。まあ、大師あたりに頼んでおけば間違いないから、頼んでみよう。すると、
「師範を連れていきなされ。私も、師範が居なかったら、江戸城まで帰る事は出来ませんでしたよ」
なんて事を言われ、私と師範、二人の外出手形を手渡された。え? これ、命掛かってるのですか? 冗談激しいなーもう。
「でも、師範も同行していたのか。京都出張に」
京都出張。大師が、この不思議な木箱を盗み出してくる原因となった要因の一つだ。
そういえば、師範も同時期に居なくなっていたが、あれは仕事じゃなかったはずだ…。
「いえいえ。師範は仕事ではありませんよ。たしか、越後在住の妹様が京都へ旅行に行くと仰っていたので、それを案内すると」
「越後から山城へ旅行に行く妹を、武蔵にいる兄が山城まで行って、妹を案内するのか!? それが普通か!?」
普通じゃない…。
「とにかく、師範は連れて行って損はありませんから。連れておかないと、殺されますよ…?」
「誰に?」
「…分かったら、大御所に報告して討伐のい兵を差し向けてしますよ…」
「あ、そうか」
言い知れぬ不安を隠しながら、私は大師の部屋から出て、師範の部屋へと向かい、事の旨を伝えた。
「そうか。お前も大師の話を聞いて、東海道で悪漢に襲われるのが怖いのか。なら、任せておけ」
爽やかと言うべきか、師範はあっさり承諾してくれた。頼もしい侍である。
宰相が出て行った後、拙僧の高位なる法衣に触れる者がある。
事の原因ともなる、此度における全ての事件の依頼者様です。
「相変わらず、音も無く忍び込むのがお上手ですね」
拙僧がそう褒めると、依頼者様は機嫌がよくなったのか、クスクス笑い、拙僧の前に腰を落ち着かせられた。
「あの『魂魄遊戯』の箱は開けられたの?」
そして、仕事の経過を問うてきます。ああ、申し訳ありません。拙僧では何もできませなんだ。
- 5 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/23(月) 04:22
- 「残念ながら」
「あら、意外。あなたならやってくれると信じていたのに。ねえ?」
依頼者様はそう言うと、黒衣に身を包んだ屈強なる護衛達に意見を求めます。ですが、護衛達は相変わらずの無表情。
「ですが、一色崇伝という人物に渡しておきました。何とかなるでしょう…」
「?」
拙僧は依頼失敗の汚名を挽回すべく、宰相に木箱を又貸ししたのを伝えました。すると、依頼者様の機嫌がみるみる内に…。
「…誰よ…それ…」
ああ、申し訳ございません、依頼者様。無断で貸し出したのは謝ります。ですが、拙僧には不可能だったのですよー!
「一色家の末裔…。寺の住職をしていたという話。「黒衣の宰相」とも呼ばれておりますが…存じませんか…?」
「知らないわよ…。というより、それ、政治家じゃないの…? 私は、あなたが陰陽道に優れていると聞いて来たのに」
「御期待に沿えず、申し訳ありません…」
拙僧は深く頭を下げました。すると、依頼者様も理解なさっていただけたのか、
「分かったわ。となると、あの二人がそうね…。行くわよ」
と、護衛達に命じて何処かへ行ってしまわれた。つい先ほど、京都から御到着なされたのに、また京都へ行くのでしょうか。
「走れ!!!」
拝啓、亡き父上様、まだ見ぬ母上様。私は崇伝です。あなた方の息子です。
父上様、母上様、よろしければ現在の状況を詳しく御説明願いますか? ああ、いえわかっておりますとも。死人に口無しです。
ですが、私も師範に言われた通り、走って逃げなくてはならない状況に陥ってしまったのです。
突如地面から噴き出した、白衣に身を包んだ暴漢共。どうみても、人間の成せる業ではありません。
「此度、楽園の扉を開くは我ら御霊也! 貴様か、魂魄遊戯を求める輩は!!!」
とか言って襲ってくるし、どうなっているんだ。ああ、父上様、母上様。言葉遣いがなってない息子で申し訳ありません。
では、さようなら。
ふう。どうなっているんだろう。もう泣きたいくらいだ。
「師範!」
「先に行け! ここは俺が防ぐ!!」
とは言ってもだな、師範様。私の目の前に新しい奴が数名待ち構えているのですが…倒してくれませんか…?
「新しい奴が、新手が出た!」
「…チッ」
だが、流石は師範様だ。その場に残った数名の暴漢を切り倒すと、即座に私の所へ駆けつけて盾となってくれた。
…まさか、本当に命を狙われるとは思ってもみなかった。今、私は近江八幡まで来たが、下手をすると駿河で死んでいた。
「宰相、伏せろ!!!」
「ひっ!?」
変な声をあげて、私は伏せる。すると頭上を師範様の太刀が通り、私を横から襲撃しようとしていた暴漢が切り倒される。
まるで、体中に目があるかのような、全く無駄のない動きで師範様は私を予定通り京の本家まで護衛してくれた。
「…。大師を護衛した時よりも、数が多かったな…」
「そうなのか?」
「ああ。90人以上はいたな」
「そんなにも…」
- 6 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/23(月) 05:20
- そう返しつつ、無駄に広い邸の正門を開ける為に鍵を差し込んだが…あれ? 開いている…?
「…師範、中に誰かいる」
誰だろう。泥棒かな。だとしたら、貴重な資料も盗まれていて、ここへ来た事が無駄足になってしまうけども。
あいつだろうと、前向きに考えて、おそるおそる扉を開く。師範も中を窺うようにして、扉の動きに合わせ、刀を構える。
「誰? 新聞勧誘? 牛乳配達? だとしたら、どちらも早々にお引取り願うけど」
叫んだのは、私でもなく師範でもない。あいつだ。
「…あの、双葉さん…?」
細川双葉。黄色のCの字に曲がった装身具…すなわちカチューシャをつけた、短い髪の幼馴染の声だ。
「あれ、その声。もしかして、崇伝? 帰ったの? 今更? 馬鹿じゃない?」
扉越しに、これでもかと罵倒してくる。疑問形にするあたり、性質が悪い言葉だ。
あまりの言葉の羅列に、殺意剥き出しにしていた師範ですら、少々慄いて太刀を下げたくらいである。
というよりも双葉さん。あなた、私が「はい。私は崇伝です」と答えずに、そう決め付けて…人違いだったら殴られて当然だぞ。
「崇伝だ。今帰った所だ。本当に今更です。馬鹿です。ところで、なんで私の邸に双葉が?」
「…」
あまりの饒舌なる返答に驚いたのか、それとも邸に居る理由を言いたくないのか。双葉は扉の向こう側で黙ったまま、半開き
になった扉を完全に開け放ち、「ようこそ、一色家の京都本家へ!」と出迎えた。完全に受け流されたようだ。
「父さんから言われたのよ。一色家が完全に没落させられると、様々な威信に関わるから、せめて本家くらい守ってくれ。って」
邸の主なのに、何故か客人のような扱いを受ける私に、双葉はようやく理由を明かしてくれた。
なるほど…そういえば、元々の丹後の一色本家は断絶してしまっている。つまり、一色の支流といえど、一色の姓を名乗っている
のは、私くらいなものだ。ああ、何だか面倒な事なのだな。末裔とは。血筋を絶やさない為にも色々と奔走しないといけないのか。
「で? そちらの怖いお兄さんは誰?」
不躾な双葉は、率直に師範を指差して「怖いお兄さん」と称した。だが、師範はそれに怒る事もなく、手に持った湯のみを置いて、
深く頭を下げると「此度、黒衣宰相殿の護衛を仰せ仕りました。従五位下柳生宗矩と申す」と自己紹介した。
態々、双葉に畏まる事もないのに…。師範はたまにおかしくなるから困る。友達の友達みたいな相手は完全に他人と意識するのだ。
「え、あなたがあの剣豪政治家? 凄いじゃない、崇伝、こんな人を護衛につけるなんて! どんな仕事なのよ!」
師範の正体に驚いた双葉が、バシバシと私の肩を叩いて色々質問してくる。ちょっ、痛いからやめて。
「仕事じゃないんだけど…。仕事かなあ…上司からの頼まれごとだし…」
「ああ。大師の頼みなら、大丈夫だろう。仕事として処理されるし、手当てもくる」
自信なさげに師範に目を配らせると、すっかり砕けた様子の師範が答えてくれた。ああ、なるほど。大師の捏造が発覚したわけだ。
「仕事って…これを届けるの? …ええ…?」
「届けるんじゃなくて、開けるんだよ。なんでも、斧でも割れないし…陰陽道の力でも必要なのかなあ。って、探る為にここへ来た
んだけど…。双葉、これが何か分かる?」
「分かんない」
即答ですか。ああ、大丈夫ですよ、双葉さん。私は何一つとして期待はしていませんでしたから。
- 7 名前:たこすけ ◆So3fZ8IS7I 投稿日:2008/06/23(月) 23:19
一、夢のまた夢
(1)秀吉、斃れる
「太閤はん、もうだめやそうやなあ」
「秀頼はんもまだ幼いのになあ、これからどないすなるんやろか」
慶長三年、五月、大坂城下は太閤秀吉の話題でもちきりである。
にわかに秀吉の病が悪化したというのだ。
商人の話を統合するに、秀吉の様相はかつての面影もなく痩せこけ、そのさまは見るものを驚かせたという。
諸大名は一斉に見舞いと称し、秀吉の実態を確かめようとした。
だが、秀吉の側近、石田治部少輔三成は諸大名を秀吉に近づけさせなかった。三成より大身の者でさえも、
「太閤殿下は疲労が募っているゆえ」
と面会を決して認めることはなかった。
そんな中、江戸内府こと徳川家康の見舞い行為は群を抜いて際立っていた。
三成が面会を拒んで追い返した後も度々三成の前に姿を現し、
「太閤殿下のお具合はいかがでございますか」
という具合に三成も呆れるほどに問いかけてくるものである。
「昨日と相変らずです」
三成も同じ文句を家康にぶつけるしかない。
「然様でございますか。是非とも太閤殿下にお会いさせていただきとうござる」
「申し訳ございませぬが、太閤殿下は疲労が募っているゆえ」
と突っぱねるが、そう簡単に諦めないのが家康という男だ。
「いやはや、ただの一度も、いけませぬか」
「申し訳ございませぬが、後がつかえているゆえ、此度はこれにてお引取り願いませぬか」
確かに、太閤秀吉を訪れる者は後を絶たない。家康も顔見知りの大名数人と既に大坂城内で顔を合わせている。これから家康と同じくして秀吉を見舞うの腹積もりなのであろう。
「かしこまりました。では太閤殿下には御養生にお努めなさるようお伝え下され」
家康はいかにも残念だ、という顔をして三成の前を後にした。
しかし、その目は訝しげを帯びていた。
- 8 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/24(火) 04:51
- 「でもさ、崇伝。斧でも壊れないんだから、そういった能力が必要なのは目に見えてるでしょ?」
双葉が容赦なく指摘してきた。うう…その通りです。本当は、陰陽道に自信がないからここまで逃げてきたんですよ。
「まあいいでしょう。書庫の鍵、いつもの所に置いてあると思うから」
「どうも」
その後、私は埃塗れになりながらも書物を抱えて書庫から脱出し、全ての書物を最初から最後まで読み漁った。
私が勉強している間、師範は素振りをして、双葉はお隣の実家からおかずを調達する為に消えた。なんか、自由だな。おい。
なんだか色々な意味で悔しいので、とりあえず「一番それらしい」封印解除の儀を行う事にした。
「宰相、何やってるんだ?」
私が一番それらしい、「四重の陣」を師範の目の前で構築していると、やはり師範は聞いてきた。
私はかなり特殊な異臭を放つ粉を振りまいて、唐草模様に近い絵柄を古き良き日本庭園に描いていた。ああ、これ怒られるかな。
「四重の陣」
「見た感じはわかるが…その絵柄が、なんの効能が?」
「本来、封印に用いられる物だったんだけど、陣を逆さまに描く事で全く正反対…すなわち、目覚めの儀にも使えるんだ」
「ほお…。深い世界なんだな…だが、大師なら、それくらい試していると思うけどな」
…。ごめんなさい、ごめんなさい。こんなオリジナリティのない崇伝でごめんなさい。だけど、物は試しと言うでしょう。
そうこう、心に傷を負いながらも通常の物を鏡に映したような唐草模様は完成した。私は早速、その唐草模様の中央に
大師より預けられた『魂魄遊戯』とかいう遊びの元となる木箱を置いて、詠唱の巻物を取りに縁側まで走る。
「なんだかそれらしいな」
無数に積まれた書物から、またも四重の陣についての書物を探している間、縁側の師範が率直な感想を述べてくれた。
「私も、一応こういった世界の端くれだからね。少しはかじっているつもりだよ」
「…ああ、あと探し物はこれか?」
「ん? おお、ありがとう」
すました返答をする私に、師範が薄っぺらい書を渡してくる。ああ、これだこれだ。何で読む気になったのかは知らないけど。
なにはともあれ、準備は整った。今回は、陰陽術で陰陽術を破るという…立派な戦いだ。下手すると死亡もありえるだろう。
「ふう…」
だから緊張する。覚悟もできていない。大体、こんな訳の分からない事で死にたくもないのだけど…。
まあ、仕事だと割り切って、早速行うとしましょうか。
「吾雲蘇禮…耶…」
…小難しい文字列ばかりだ。読み方すら合っているのか自信はないが、不思議と間違っているという感覚はなかった。
そして、半分程の詠唱を済ませたあたりか、木箱がカタカタと動き出して、木箱に亀裂が入る音も妙に目立ってきた。
「あ、あれ…おかしいな…。本来なら、封印を施した術が解除されるだけなのに…うわっ!?」
「さ、宰相!!」
「きゃあ!?」
…え? きゃあ? 三人目って、誰か居ましたっけ?
娘が帰ってきた。と、言っても毎日帰ってくるわけだが、今日はおかしい。
食事を一色本家で済ませる。とか言い出したのだ。なに、一人で食べたいのか? もうそういった年頃なのか? 双葉よ。
「…本家に男でも連れ込んでいるのか?」
父さんの実に的を得た問いが炸裂する。
「え? ああ、崇伝が帰って来たんだよ」
「崇伝…?」
- 9 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/24(火) 05:24
- 誰だったっけ? まさか、双葉よ。適当な男を一色家の末裔に仕立て上げて、大義名分を作り、本家という神聖なる場所で
大人への階段を上るのか? いかん、ふしだらだ。双葉には私が必ずよい縁者を見つけてやるから覚悟しろ。
そう考えている父さんの表情がかなり訝しかったのか、双葉が両手を左右に振って弁解を計る。
「違うよ、知らない人じゃないから! 1年くらい前に駿府の大御所様に招かれて幕政に参加した、崇伝だよ!」
詳しい説明をありがとう。
「…お陰で思い出せた」
「まったく。娘に本家の邸の宿直をさせてるんだから、その家主の名前くらい覚えててもいいでしょう」
うん。確かにその通りだ。だが、勘違いするなよ、双葉。
父さんは、成り行きで本家の当主に仕立て上げられた若造…いや、バカ造を認めてはおらんからな。
「ああ、あの若造が帰ってきたから…それで、自分では料理もできないから、母さんの作った料理をくすねようとしたわけか」
全ての辻褄が合った。いや、父さんは泥棒行為を否定するわけにはいかん。何しろ、双葉は…まあいいか。
「お母さんの素敵な料理を振舞うのは、その家族として当然の義務でしょ? くすねるなんてとんでもない」
双葉はそのまま、あっかんべーをしてから重箱を重ねたデンジャラスタワーを抱えて、一色本家のお隣である細川邸を飛び出していった。相変わらず、嵐のような娘である。
「こんにちはー」
重箱・デンジャラスタワーを倒さずに持ってきたことを誰かに褒めて貰いたいが、その前に手伝って欲しい。
あたしも、これでもか弱い乙女の一人なのだから、誰か男の人が手伝ってくれてもいいのに…って、呼びかけても反応しないじゃない。
「崇伝ー! 柳生さーん!?」
あれ? おかしいな。留守にしているわけでもないだろうし…。
とりあえずあたしは、デンジャラスタワーをそこいらへ放置し、一色本家の廊下を奥へ奥へと進んでいく。
無駄に部屋が多いのが、一色本家の特徴とも言うのだろう。昔は、一色氏が繁栄していた事もあるからだろうが、
今では完全に零落し、まともに幕政に参加している一色の血筋の者は崇伝くらいだと聞く。あるいみ、貴重種なんだろう。
その貴重種…幼馴染なんだけど、お母さん曰く「主人と奴隷」の立ち位置にあったらいいんだけどね…無論、奴隷は崇伝だけど。
変な説明闌、いよいよ縁側まで突入するとそこには柳生さんと崇伝…そして何か飛んできた!?
「うわっ!?」
「さ、宰相!!」
「きゃあ!?」
木箱は割れずに、蓋だけが遥か上空へ吹っ飛んだのが私には確認できた。
だが、それを目で追うほど、私には余裕がないのは即座に理解できる。いや、理解せざるを得ないだろう。
『あろろー!!!』
50…60…70くらいの薄い緑色をした光の玉…いや、魂か霊と言ったほうが的確だろうか。
それがショットガンのように拡散して放出されると、空を泳いでいくかのようにどこかへ飛んでいってしまわれた。
だが、一つだけが低空飛行してこの場に居る人間を襲い始めた。
薄い緑色の魂は、上空へ飛び立つように見せかけた後、急降下して師範へと突入していく。
「な、なんだっ!?」
素っ頓狂な声をあげる割には、体よく回避する師範。そのまま日本庭園をゴロゴロ転がっていったのは捨て置いて…。
問題となるべきなのは、「何時のまにか師範の後ろで直立不動していた双葉」だ。あれ、大丈夫なのか?
- 10 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/24(火) 05:48
「ふ、双葉…?」
あの魂の速度からして回避できるのは、日本を探しても師範くらいだろう。
そんな魂を世間一般の女の子が回避できるはずもなく、見事なまでに双葉は魂の直撃を喰らった。
「…なに? なんか今、たくさん空に上がっていった気がしたけど…」
小さく目を丸くした双葉が、空を見上げながら私に話しかける。いや、そうじゃなくて…。
「双葉…首元に刺さってるの…なに…?」
「え? なに?」
私が指摘した「魂の刺さっている」と比喩しても過言ではない首元を、双葉は手で摩り、そして顔を下ろして確認する。
だが、その発光する異物が見えてないのか分からないが、双葉は真顔で「なんにもないよ?」と答えてきた。
「あ、あ…ああ…」
「嘘…だろ…。こええ…」
私と師範は、ただただ、ズブズブと双葉の体へと沈み込んでいく魂を見届ける事しかできなかった。
だってそうでしょう。私が双葉の所へ駆け寄って、それを掴んでも触れなかったのですから、詮方ない事です。
そして、緑色の光すらも体の中へ完全に溶け込むと、「遊び」は開始された。
「…へ?」
「此度、楽園の扉を開くは我ら御霊也。 貴様か、魂魄遊戯を求める輩は。名を名乗れ」
ネコの耳を生やした双葉が、据わった目をして私の名前を問いただしてきた。え? 記憶喪失ですか?
「此度も我等はかの御霊に負けるわけにはいかぬ。さあ、名乗れ」
「い、一色崇伝…」
「よろしい。では、一色崇伝よ、『魂魄遊戯』を開始する」
「はい――」
突如、頬を掠める何かが…って、血!?
「ちょっ、ちょっ待って! なに、双葉どうしたの!?」
ネコのように、尖った爪をむき出しにして、双葉は襲い掛かってくる。あれ、私、ここで殺されるんですか?
「ちぇりゃああああ!!!」
「む?」
双葉の異変を察した師範が、峰打ちで双葉に切りかかる。だが師範よ、あの動き…師範より早い気がするんですが…。
そこへ参じたのは、我等を救う正義の味方か。それとも、我等を狙う、今の双葉に似た敵方か。
「始まってるわよ! 根岸、その女をとっつかまえなさい!!!」
「承知」
突如として、邸の塀を乗り越えてやって来た少女と黒衣の僧兵達。その中で根岸と呼ばれたいかにも屈強そうな男が前に
躍り出ると、双葉はいかにも頼れる二人の男を相手に少々押され気味にも見えるようになった。
だが、それも一瞬だけ。双葉は目にも止まらぬ速さで師範と根岸と呼ばれた僧兵を後方へ投げ飛ばすと、また此方へ向かってきた。
「た、助けてー!!!」
私の悲痛なる叫びが届いたのかどうか知らないけど、日本庭園へと侵入した不審人物らはヒソヒソと話し合いを始め出した。
「魂魄らは、予想以上に強し。根岸を持ってしても勝てぬとあらば…」
「魂魄が狙うはあの少年です。おそらく、遊戯を開催したのもあの少年でしょう。彼に一時的に封印してもらい…」
- 11 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/25(水) 04:21
- 「そうですね。後に、『楽園』にて封印を解除。御霊をあの方へ移しても問題はないかと」
黒衣の僧兵らの言っている意味がわからないまま、ついに中央の少女が口を開いた。
「なら、決まりね。そこの小坊主! さっさと魂魄を封印しなさい!!!」
…どうやって…? てか、封印の必要性なんて知らなかったわけでしてね。お嬢さん。
しかも、そうこうしている間に双葉は迫ってきているし。私はとりあえず駆け出して、その不審者に助けを求めるべく庭園へ起った。
だが、
「私の勝ちだ、一色」
「はやい!?」
わけのわからない速度で追い抜かされて、私の逃げ道を封鎖する双葉。
しかし、私を一色と呼びあたり、双葉のようで双葉じゃない。つまり、さっきの緑色の魂が沈んでいったのが原因だろう。
ようやく色々な事が結ばれようとした刹那、双葉は私をその鋭利な爪で切り裂くわけでもなく、爪を引っ込めて首をわしづかみにした。まずい。限りなく不味い状態だ。だが、不思議な事にあまり力が強いわけではない。凄まじいのは脚力や爪程度なのだろうか。
「根岸! 呆けてないで!!!」
黒衣の僧兵を従えた少女が、先ほど双葉に投げられて、それが信じられないような顔をして師範と床に腰を落としている、根岸という男を呼んだ。
それを皮切りに、師範も我に帰ったか、慌てて私の首を掴みあげる双葉の所へ爆走する根岸という男の後を追いかける。
「殺しちゃ駄目よ! 殺せば、魂魄はまた誰かに憑依するんだからね!!」
「承知」
「殺しちゃまずいのか…」
少女が捕縛を命ずる。根岸という男はそれを承諾し、師範も何か理解したような顔で頷いた。
やがて二人は、地に足が付かずにジタバタともがく私を殺さんとしている双葉を引き剥がし、残った黒衣の僧兵達で狂乱の双葉を羽交い絞めにする事に成功。なんだ。正面から挑まなければ随分と楽な相手であった。
だが、私は「封印」の仕方がわからない。そして、封印すると双葉がどうなるのかもわからない。
「お嬢さん、封印するとどうなる?」
地面に落とされ、首を押さえて咽る私を代弁して、師範が少女に封印の仕方を問う。いや、封印すること前提か。
「ちょっ…ちょっと待って…。封印ってのをすると、双葉はどうなるの?」
私は力を振り絞り、師範へ質問の答えを返そうとする少女に新しい質問をぶつけた。
すると少女は「待つこともできないの?」とでも言いたそうな、さぞ不機嫌そうな表情を全面に押し出して答えてくれた。
「どうにもならないわよ。ただ、さっきみたいに、足が速くなったりするだけ」
「それだけ…?」
どういやら、狂乱の状態へ陥る事はなさそうだ。だが、足が速くなるのはどうして?
「それだけよ。さっさと封印しな…あ、知らないのでしたっけ? じゃあ、教えて差し上げるから此方へ来なさい」
「は、はあ…」
何時の間にか全ての主導権を握られていた私は、少女に言われるがまま、羽交い絞めにされて地面に押し倒された双葉の所へと近づいた。
少女は扇子で双葉をビシッと指すと、さぞ「当たり前の行為」であるかのように、こう言った。
「封印するなら、口づけしなさい」
…なんで?
「あの、もう一度お願いします」
「だーかーらーねー?」
- 12 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/25(水) 04:21
- 頭を軽く下げて、パードンミー?と言う私に少女は呆れたのか、腕を組んで溜息をはくと、今度は顎で双葉を指して、
「口づけ。接吻の事よ。そんなのも分からないの?」
「あ、いや…その…」
「根岸!!!」
「うす」
たじろぐ私に、とうとう愛想すら尽かしたのか。少女は根岸という黒衣の僧兵の中で最も強そうな男を呼び出して、私の衿を掴ませた。私は、怪力の理に逆らえず、宙吊り状態となる。
「その双葉とかいう貧乳娘の上に落として」
「承知」
え? 落とす? ちょっと、根岸さん。逆さまにしな…あ、頭に血が…や、やめ…。
「投下」
逆さまの状態のまま、師範を避け、数名の僧兵達を避けた根岸という男は、私を双葉の真上まで運んできた。そして、少女は躊躇無く根岸という男に、その最後の命令を下したのである。
「承知」
根岸さーん! 承知しないで! 殺されるのは私、私ですよ!!!
体が装束に引っ張られる感覚が無くなると同時に、私は落ちた。
そして、何とも言えない感触とガチッという音がすると同時に私は気絶したのか…そこで意識を失っていた。
「なんで崇伝、倒れてるの?」
宰相が細川殿(双葉の苗字)と接吻交えて間も無く、
あの灼熱のように燃え上がっていた瞳から普通の瞳に戻り、すっかり自我を取り戻した細川殿は、
口元に異様な感覚が残っているのか、左手の砂利を払った後、何か唇に手を当てながら、俺にそう問いかけてきた。
「覚えておらんのか?」
「…柳生さんや、そこの黒衣の人を投げ飛ばしたり…あと、何だか崇伝がその黒衣の人に?まれて暴れている所で何も…」
なるほど。どうやら、細川殿は都合のいい部分だけ忘れてしまっているようだ。
まあ、あの高さから落とされた宰相が気絶したんだ。細川殿の前後の記憶が無くなったとしても、不思議ではない。
「…ッ…歯が痛い…」
どうやら、歯が痛いようだ。先ほどから、険しい表情をしていると思ったら、どうりで。
「あ!」
そして叫び出す。何だ何だ、何が起きたのか?
「ちょ、柳生さんあっち向いてて!」
「あ、ああ…」
俺にそっぽを向くよう要求した細川殿は即座に立ち上がると、俺に背を向けた。
俺もその意に従い、背を向け、足下に転がる宰相を見る。複雑そうな顔で気絶してやがる。得したと思わないのだろうか。
ああ、そういえばこいつは仏門に入っていたっけ? 男としてか、仏教徒としてか…ああ、出家すると辛いんだな…。
「あ―――――――っ! なにこれ――――――――っ!?」
「な、なんだ!?」
後方から叫声。細川殿の声だが、どうしたのだろうか。
「柳生さん、こ、こ、これ!!!」
「へ?」
よく見れば、先ほどの緑色の魂が沈み込んだ所。すなわち、細川殿の胸元に変てこな模様が出来ていた。
「これは…唐草模様…?」
の、ように見えるくらい、複雑な模様だった。
- 13 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/25(水) 04:22
- 「さてさて、双葉と仰ったかしら? 神速の魂魄さん」
会話をぶった切るようにして、黒衣の僧兵を従えてやって来たのは、例のお嬢さんだ。
先ほどまで、僧兵に囲まれて色々作戦会議のようなものをしていたようだが…まあ、俺の知る所存ではない。
「…神速の魂魄…?」
《神速の魂魄》とは、おそらくあの緑色の魂の名前だろう。確かに、先ほどの細川殿の動きは異様なまでに早かった。
「そうよ。それが貴女の体に封印された魂魄の名前」
「封印…? あ…え…? ええ…? ああ――――っ!!」
どうやら細川殿は叫ぶのが好きらしく、またも大声で叫んだ。もう日が暮れて間もないが、近所迷惑だろう。
「そ、そうだ…。歯が痛いのって、崇伝が…崇伝が私に…!」
「接吻したのよ」
ガクガク肩を震わせる細川殿を畳み掛けるように、少女が一撃を放つ。
どうやら細川殿は「はじめて」だったらしく、そして相当ショックだったのか、へなへなと庭園に座り込んでしまった。
「…」
見るにたえない奴等だ。俺は、とりあえず宰相と細川殿を捨て置いて、先ほどから何かと色々詳しいお嬢さんに、質問することにした。
「お嬢さん。質問よろしいか?」
「いいわ」
即答か。ここへ来たのも、何かの予定の一つだと考えられるし…。
「まず、名前をお聞かせ願いたい」
「《使徒様》…そう呼べばいいのよ」
「…。使徒様、あの細川殿の豹変ぶりは…? 何故、崇伝を狙う?」
「全部、あの男が『魂魄遊戯』を開催したからよ。本来なら、私達の本拠で封印を解くはずだったんだけど…」
「その『こなた遊戯』とかいうのは、これで終わりか?」
「…? まだ続くわよ? あと69人封印して貰わないと」
…な、なんだってー。
加速、減速、思いのままの魂魄。『神速』が、事実上私の持ち魂となった。そう師範は言ったが…。
その師範は、使徒様とかいう女王様風少女から聞いたと言っているし。いまいち信用ならない。
しかし、そうは言ってられないだろう。多少、無理矢理にでも納得しないとこの状況は打破できそうにもない。
「…で、その使徒様はどこへ?」
「帰られた。場所は教えてくれなかったがね」
騒動の翌日、一色本家の奥の部屋から聞こえる騒音を肴に、私と師範は事後の処理の為に情報を交換していた。
纏まった情報は、後69回も私は殺される思いをしなきゃならないのと、後69回も他人と接吻しなくてはならない事。
私が殺されるか、精神力が尽きるかがしたら、双葉はまたして『神速』に乗っ取られる。という事。
そして、上洛の中途に私達を襲った者達は『魂魄遊戯』の開催に異議を唱える、現状派の者達だという事だ。
「あと一つあったな。これは絶対伝えておけ。と、使徒様から言われた事がある」
「え?」
「『今までは、運よく引き分けに持ち込み『魂魄遊戯』を終局させていたが、もし開催者…つまり、宰相が殺されるような事があれば、世界は楽園と化す』だとさ。宗教的なものはいまいちわからんな」
師範の言うとおりだ。私にも、私が殺されると何かが変わる、くらいしか受け取れなかった。と、いうより私が殺されると変わる事多いような気がするのは気のせいか? 何故だか、魂魄達の不利な条件が見当たらないのだが。
「なにはともあれ…」
- 14 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/25(水) 04:42
- 悩ましい気持ちに踊らされていると、師範が湯のみの淵を指でなぞりながら、真面目な顔をして、
「…放っておいていい『遊び』ではないな…」
なんて、怖い事を言うのですよ。休めるときは休んでおきませんか?
「そうだけどね…。あ、ところで双葉、何をするつもりなんだろう」
嫌な話題を終わらせるべく、私は何かに操られたかのように、一心不乱で部屋を掃除する双葉を気にかけた。
それが喧しいのなんので、時たま「ぎゃあ」という呻き声に続いて雪崩が発生する音が頻発しているのだ。
実は、本家の書庫には本なんてあまり入れられておらず、お陰で陰陽の勉強も短時間且効果的に進んだのだが、
その他の書物に関しては、それぞれの部屋の主が「楽だから」とかいう理由で押入れや天井裏に収納している事が多い。
しかも、その量は半端ではない。本家の隠された書物を売り払えば、一生遊んで暮らせるとか噂されていた。
過去形なのは、もう本家に住む人間が居ないのが原因だろう。私としてもこの噂を思い出すのは、久しぶりだ。
「さあ…。とりあえずは、無事を祈るだけだがな」
湯のみの中身を口に含み、師範はそのまま黙りこくってしまった。危険なお遊びに対する高揚感にでも包まれているのか?
「…」
心配になった私は、師範に「様子を見てくる」と伝え、縁側を伝って騒ぎの部屋へ足を踏み入れた。
埃が舞い上がる中、忙しく書物を運ぶ双葉を見て、私は一言。
「何するつもりなの?」
「え?」
双葉はようやく私に気付いたのか、『水滸伝』とかいう書物を適当に放ると、腰に手を当てて言った。
「ここに住むから」
「え???」
「だって、崇伝を守らないと、私はまた『神速』とかいう奴に乗っ取られるわけでしょ?」
そういえばそうだ。だが…
「いや、いいよ。師範が守ってくれるって言うし…これ、絶対危険な事だからさ…」
「危険だからこそ、私が守らないと駄目じゃないの? 昔は私がよく守ってあげてたじゃない」
奴隷である私を、主人の面目が立つように守った。そうですね。わかります。
「…駄目…」
「駄目」。その言葉一つだけで、双葉の顔が瞬時に強張ったのが私には理解できた。
「…もう一度言ってくれますか?」
「…だ、駄目」
大体ですね、私も仏門に入り俗世から抜け出したように見えますが、それほどの聖人君子ではない。いくら幼馴染だけの間柄
とは申せど、相手も思春期真っ盛りの人間だ。何かこう、世間的に色々不味いのだ。
「それに、双葉はお隣だろ? すぐに助けに来れるだろうし…。諸悪の根源は私なんだから、無関係な双葉を巻き込むわけには…」
「…」
私がそう言うと、双葉は拳で壁を思い切り殴り、俯いて肩を震わせていた。やばい。殺される。
師範暇そうだからきっと寝ているだろうし、この状況で殴られたら、いくら《神速》が無いと言っても不味い事になる。
「わたしがっ!!!」
「ひっ…!?」
そして双葉は、《神速》を解放していないにも関わらず、それに近い速さで私の襟首を捻り上げた。
「ここに住むのが…そんなに嫌なわけ…?」
その襟首を捻り上げる行為には、昔のような危険性が全く感じられず…。そして、傍から見れば、私を恐喝している双葉の目は、妙に潤んでいて、顔も少し赤くなっていた。なんだか、こうなると私が悪者になってしまいそうで…。これ以上断ると、双葉はいまにも泣き出しそうで…。さながら、今は無きアイ○ルのCMのような感じだ。
- 15 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/25(水) 05:31
- 「わかっ…たよ…」
「よろしい」
あえなく許可した私を、双葉は突き飛ばした。そして汗を拭うふりをして、目の淵にたまった涙を拭いてこう言った。
「…まあ、頑張ろうよ」
それは、意外なる激励の言葉であった。
私は目の前の光景を疑った。まあ、私が巻き込まれた『魂魄遊戯』なるものの存在すら疑いたいのだが、
それは数日寝ても、結局夢物語ではなかった。夢で終わったら、私はただの煩悩仏徒に成り下がるだけですけどね…。
さて、私は大和の国まで足を運んだ。それに付いてくるのは、この『遊戯』においてはほぼ無力に等しい柳生宗矩師範と、
《神速》の魂を体に封印され、私の任意でその力を解放して戦う事ができる、細川双葉の二人だ。
「とりあえず、適当に歩いていけば襲われるんじゃない? 囮作戦よ、囮作戦」
大和へ出立する前日の夜、作戦会議にて双葉が囮作戦を提唱。確かに。餌が動いていた方が見つかりやすい。
って、餌は私ですか、双葉さん。狙われるのは最終的に私ですよ。
「適当に…って言うけど、貴女、魂魄に憑依されて支配されているのは、一つの国に一人よ?
全国68箇所の律令国に加え、蝦夷と琉球にもそれぞれ一人ずつ…。まあ、魂魄達も時間が立てば情報が行き渡り、
群れを成して攻めかかってくるでしょうけどね。そうならない為にも、計画的に襲撃していきなさい」
双葉の時間を無駄にするような策を訂する《使徒様》。いつのまにか黒衣の僧兵さん達も邸の中へ入ってるし…。
私はこの方々の目的も全く分からないし、何で協力してくれるのかもわからない。
分かることは、この人達は『魂魄遊戯』の木箱の封印を解いて、魂だけを掌中に収められる逸材を探していた。という事。
無論、私は封印を解くと同時に魂魄を日本中にばら撒いてしまった為に、逸材という器にはほど遠いのだろうな。
「なら、近場から当たるか。この「山城」に隣接する国は、「近江」「伊賀」「大和」「河内」「丹後」「摂津」「若狭」だが…」
改めて考えると、凄い激務の気がする。一度にそれだけの国を上げられて、私と双葉は嘆息した。
「せめて、一人ずつ出向いてくれれば助かるんだけどね…」
「律令国って…68…? それに、海の向こうの蝦夷と琉球…???」
勿論、私達二人が阿呆な意見を言っている事は周知である。見かねた《使徒様》が、最年長の師範へと話を任せる。
「宗矩さん。私達が探すのに協力するから、あなた達はここで待機してくれる? もしもの為に、根岸は残しておくわ」
「あ、よろしいのですか? では、お言葉に甘んじて、根岸殿の御力をお借りしましょう…」
…結局、《使徒様》がどこかえ消えた後、根岸という男の役目は無かった。
それもこれも、《使徒様》が魂魄に憑依された人物を見つけるのが早いせいだ。場所は山城国の南の大和国国分寺。
そうして現在に至るわけで、私達はすぐにその目を疑いたくなる光景へ出くわした。
「なに…これ…」
「ありえんな…」
まるで阿呆を見るような表情で、二人は『氷に覆われた国分寺の本堂』を見た。
その異様な光景を拝む為、既に国分寺の周囲には、軍隊が編成できそうなくらいの野次馬という野次馬が集まっており、
その敷地内ではお寺の人間が周章狼狽して氷を何とかしようと頑張っていた。
「失礼、失礼します…!」
興味がありそうなのに、遠巻きに見る人達を掻き分けて、私達は国分寺の敷地内へ入って驚いた。
- 16 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/26(木) 04:20
- 寒いのだ。氷があるだけで、こうも極端に気温が下がるのだろうか。いや、ありえないだろう…。
「俺は従五位下柳生宗矩。徳川秀忠様の剣術師範もかねている者だ。して、これは何事か?」
お寺の坊主を一人捕まえた師範が、自分が「幕府から使わされた者」だと偽称すると、坊主は酷く安堵した。
「ああ、幕府の方々ですか。実は、数日前に女子めが国分寺の屋根に登りまして…」
「おなご? お前達はただ、その女子の蛮行を見ていただけなのか」
「…恐れながらも…。突如として、国分寺を氷らせていったのです。それで、神様の使いかと…」
勘違いしたわけか。まあ、気持ちもわからないまでもない。ネコ耳で尻尾まで生やした双葉が目の前に来たら、
私は間違いなく、その双葉を「妖怪」だと言うに決まっているだろうからな。この坊主達は悪くない。被害者だ。
「して、その女子はどこへ?」
「…まだ、あの氷の上に居るかと…」
師範が問うと、坊主は氷の上を指差した。たしかに、乗れそうな気がするが…どうやって登るというのだ?
「あいわかった。御主等は、野次馬を連れてどこかへ下がっていろ」
「は、はあ」
態よく、無関係な坊主共と野次馬を追い返した師範は、「どうやって登る?」と聞いてきた。そこからが問題でしょうに。
「ようやくお出ましのようね、一色崇伝」
「あ、使徒様」
額を集めても尚悩む私達を嘲笑するのは、完全なる防寒具に身を包んだ《使徒様》と、相変わらず黒衣を纏った僧兵だ。
僧兵の皆様は寒くないのだろうか。ていうか、いつのまにか根岸さんも合流しているし…。
「使徒様。その格好は…?」
私が呆れ気味に問うと、《使徒様》は両手を腰に当ててふんぞり返った。
「これから、あの氷山を登る服装に決まっているでしょう。既に、真柄達に命じておいて、階段を彫らせておいたから…」
「彫らせた!?」
あの氷に、国分寺並みの高さの階段を彫らせただと? 随分な重労働のはずなのだが…って、
黒衣の僧兵達は、気持ちのいい笑顔で作業用の道具を高々と掲げていた。やる気は充分らしい。
「ええ、そうよ。彼ら、優秀で力が有り余ってるのよ」
「だからって…まあ、楽しそうだからいいや」
僧兵を擁護しようと考えたが、僧兵の何人かが「OH HAー!」と奇声を荒げてカキ氷を食しているのを見て、気分が失せた。
楽しそうだなあ…。そう考えていると、双葉が躍り出る。何かしら、この二人仲悪そうなんだよな。
作戦会議中も、時たま嫌味ばかり言い合ってるし…。仲良くしてくれよー…。
「で? 階段彫らせて、カキ氷食べて。あなた達の役目は終わりなの?」
「そんな事ないわ。私達には、封印を見届ける義務というのがあるんだもの」
義務…ね。物珍しさに見たいだけじゃないのかなー…。
結局、国分寺裏手に作られた、やけに急斜面の階段を登る事になったのだが…直に触れる距離まで来ると、寒過ぎる。
《使徒様》の熱すぎる格好は、英断だったようだ。ああ、くそ…今から山城へ戻る暇もないだろうし…。
「双葉、あまり寒かったら降りててもいいけど…」
登り始めた頃から、「寒い寒い」と連続して呟く双葉。そうか。ネコだからかな?
寒さにはかなり弱いと思われるので、とりあえず嫌なら降りるよう私は言ってみたが、
「ば、バカ言わないでよ! 私しか戦えないんだから!」
なんて、真面目に言い返されたので、詮方なしに、私は手のかじかみを堪え、師範の背中を見ながら登り続けた。
- 17 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/26(木) 04:28
- 突如として、依頼主様の護衛達に似た容姿をしました者達に任意同行された拙僧は、どこか分からぬ所へ来ました。
洞窟を切り抜いた所でしょうか。目隠しを取られると、天井も壁も地面も同色の土色で覆われています。
ですが、改築中なのでしょうか。様々な箇所に骨組みが建てられていて、そこだけ布で隠されております。
作業経過を知られたくないのはわかりますよ。師範も、本当は妹を病院へ入院させたというのに、拙僧に気を遣わせない為
に「京都案内」などという嘘をふいたのですから。ああ、可愛い人ですねえ。もう。妹を溺愛しすぎですよ。
話が逸れかけていますね。
拙僧の目の前には簾。その奥に陰があるので、組織の頂点たる人物と拙僧は謁見しているのでしょう。
無論、拙僧はその人物が誰かは全く存じておりません。依頼主様にも、半ば強引に『魂魄遊戯』の封印を解け。と、
脅されたわけですから…いやはや。何もかもが唐突すぎて、逆に呆れますね。
目の前の《陰》が、ようやく沈黙を破って口を開きました。
「南光坊天海。『遊戯』の経過は芳しくない」
そりゃそうでしょう。風の噂によれば、『遊戯』の封印を解除してしまったのは、あの宰相なのですから。
彼では魂魄達と戦うには実力不足。肝心の師範ですら、魂魄の前では手も足も出ないのですよ…。
はあ…京都へ行ったら、即座に江戸へ帰ってくると思った拙僧の失態でもありますね…。
「3日経過の時点で、封印した魂魄は1つ…。
そして悪い事に、既に山城内には越後の「武雷(タケミカヅチ)」と信濃の「風伯」が居るそうだ…。
近江には、「治癒」がいるが…これは問題とするべきではない。
山城の2つを除いた問題点は、河内の「地天」。丹後の「将軍」。摂津の「斬波」。これらが同時に動いている…」
「…なんでしょうか。封印が解けてしまい、魂魄がバラバラになったと知ると…。
あなた方は、一色崇伝を援護するつもりなのですか? それとも、これも計画の内だと…?」
拙僧は、相手方の早すぎる情報網に臆しながらも、質問を繰り出します。
「責任を取ってもらっているだけだ。本来なら、封印を解除し、その場で魂魄を回収するのは天海、貴様の役目だったはずだぞ」
…それが出来なかったから、拙僧は宰相に任せたんでしょうが…! 何だか、理不尽な方々ですね。
ですが…。悪い話ではなさそうです…。『遊戯』の勝者に齎されるのは『楽園』…ですか…。面白そうじゃないですか…。
「天海」
すると、簾の向こうのお方が何か語りかけてきます。
「貴様なら、《神速》を封印できたか?」
「…無理でしょう。そもそも、出来たとしても…相手にもよりまするが」
それで向こう方も何か察したか、それともお怒りになられたか。ようやく私めを帰してくださいました…。
国分寺を覆う氷の上は、とてつもなく吹雪いていた。今は7月のはずなのに、真冬以上の寒さの演出。おみそれします。
「《神速》が敵か…これは面倒だな」
冷気を操る《氷河》が憑依した「松永智代」という優しそうな人物が、いかにも寒そうな格好で待ってくれていた。
魂魄自体が《神速》とは違って、紳士的な性格なのだろう。態々、こんな舞台演出をするくらいだからな。
「双葉、戦えるか?」
- 18 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/26(木) 04:29
- 既に臨戦態勢に入る双葉に私は声をかける。そして師範と黒衣の僧兵達。はっきり言わせてもらうと、
私の目からすれば、双葉以外は足手まといで終わりそうな気がするが…。言ってしまうと殺されるだろうか…。
だが、私の双葉に対する期待は、あっと言う間に崩れ落ちたのである。
「崇伝…。どうやったら、爪が伸びたり、足が速くなったりするの…?」
「え?」
「…さっきから、色々力を入れてるけど、なんともならないよ?」
そんなバカな。聞けば、魂魄を封印すれば、その魂魄の能力を宿主は使用できるはずだ。
それなのに、現の宿主である双葉は「どうすればいいのか?」と混乱してしまっている。まずい。これはまずい。
「《使徒様》、どういう事ですか!」
半ば怒りが込められた口調で、私は完全防寒している《使徒様》…ああ、もういいや。少女と呼ぼう。私は少女を呼んだ。
「刻印に、解放呪文を唱えてから口づけしたの!?」
吹雪いている中、ようやく聞こえた少女の単語の中には、またしても「口づけ」。お前、どんだけ私の株を暴落させたいのだ。
それを聞いてから、双葉に視線を戻すと双葉も固まっているし…嗚呼、せめて、紳士的な性格の《氷河》と松永さんに感謝するよ。
「ええ…また…」
私の愚痴が聞こえたのか、固まっていたはずの双葉がキッと目を覚ますと、突如私の襟首を掴んで引き寄せた。
《神速》を解放させたわけでもないのに…凄い力だ…。これなら、師範と根岸さんを投げ飛ばしたのも頷ける。
「さっさとやれ…」
「え…あ…はい。その前に、ちょっと時間をくださいな、双葉さん。
《使徒様》、解放呪文って何を言えばいいのですか!?」
「汝等が主が命ず。力の第一章を解放せよ。で、いいわよ」
あっさりと答えてくれた少女は、そう言い終るとかじかむ手で蜜柑をむき始めた。夏なのに、売ってる所があるのだろうか。
「…」
刻印が見える所まで服をはだける双葉。別に、やましい気持ちはないのだが…と、いうよりも、黒衣の僧兵や師範、少女、松永さんの視線がとっても気になるのですが…。
まあ、それに関しては「あっち向いてろ」と言ってもなんともなりそうにないので、双葉も寒い中服をはだけるのも可哀想だし、
さっさと私は呪文を詠唱して、色々済ませる事にした。何度も言うが、仕方ないのですヨ?
「汝等が主が命ず。力の第一章を解放せよ…」
そして、刻印に顔を近づける。
「ん…」
後、突如として双葉の足下に広がった唐草模様の光に優しく包まれる中、双葉は小さく喘いだ。
「…どう?」
私がそう聞くと、双葉は武器として持ってきた三尖刀で肩をポンポン叩きながら私を嘲笑う。
「…気分は最悪だけど、足は最高ね」
「ごめん…」
「謝るな、バカ」
そして、人外魔境の速度で駆け出す双葉。見てみると、ネコ耳はあるが、長く伸びた爪はない。
どうやら、第一章ではなく第二章や第三章を解放する事により、爪が出てきたりするのだろう。複雑な世界だ。
- 19 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/26(木) 04:33
- 戦闘の火蓋が切って落とされるや否や、松永さんは氷の槍を顕現させると、それを四方八方へ乱れ撃ちにする。
私は師範の背後に隠れて、何とかその氷槍をやり過ごしている。…あとは悲しい事だが、双葉に任せるだけだが…。
…。
意外にも、《神速》の楽勝で終えるかと思ったが、事実、そう上手くはいかないようだ。
松永さんこと《氷河》は、防御面においてはかなり充実しており、氷山のような盾を顕現させて、双葉の接近を幾度も防いでいたのだ。こうなると、数で押し切るしかないのだが…師範や黒衣の僧兵達が役に立つのだろうか。
「…寒くないのかしら…」
氷の槍を剣を振り回して弾き飛ばす師範の後ろで隠れる私の後ろに隠れる少女は、かなり薄着している松永さんを見て、
さぞ当たり前のような事を呟いた。あれで寒くないから、《氷河》ではないのか? 寒かったら名前負けだぞ。
「師範」
「なんだ?」
所詮はお子様である少女は捨て置いて、私は師範に「四方からの一斉突撃策」を打ち出した。
「何人の犠牲が出るかわからんぞ。いや…宰相以外の者なら、何とかできそうだな…」
いきなりの師範の侮蔑に私は少々、顔を引きつらせた。
「む…。俺だって、この程度は避けたりできるぞ」
「ほお…。なら、お前は左。俺は右だ。《使徒様》、僧兵達にも突撃を命じてくださらんか?」
…食えない男だ。その食えない男こと、師範は私の背中で蜜柑の白い皮をちまちま剥いている少女に僧兵達の協力を求める。
少女は、ぼーっとして考えてはいたが、凄くいい笑顔をするとそれを承諾して、根岸という男に采配を任せた。そして、また蜜柑の皮むき作業へと戻るのである。
そうこうしている間にも、双葉は攻め切れない苛立ちからか、叫ぶ。
「ふしゃー!」
ネコ語でさらに叫ぶ。
「しゃー!!!」
それを合図としたわけではないが、国分寺の屋根の上に居合わせていた、
少女を除いた8名の男手が全員散開して他方向から《氷河》を攻めるべく駆け出す。以前も、物量作戦で双葉を取り押さえた。
今回も、今回もそう簡単に行けばいいのだが…やはり、防御に特化した《氷河》の真髄はここからが本番であった。
「にゃ!?」
「わわっ!」
「なんと!」
「OH−…」
氷の防御壁を何枚も顕現し、《氷河》は自らをドームの中へ閉じ込めたのだ。これでは、火が無い限りは手が出せない。
根岸という男と師範が、鉄拳と太刀で壁を粉砕しようと攻撃を加えるが、何の効果も成さないようだし…万事休すか…。
その時、中から声がした。それは、完全なる防御壁を誇る言葉でもなければ、高笑いでもない。
「へくちん」
くしゃみだった。
- 20 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/26(木) 05:10
- 世界の最果てと例えられよう、真っ暗な空間。そこに静かに浮く円筒の上に起立する5人のうちの一人がワシだ。
「諸君、これでよいのか」
ついに、10年ぶりに『魂魄遊戯』が開催された事に、ワシは正直戸惑っていた。
10年前と同じように、開催者を支援して「地上楽園化」を防ぐべきか…。しかし、今回は新興勢力で、諸悪の根源もある。
迂闊に手を出せば、逆に此方が食われる恐れがあった。さて…どうしたものか…。
一時期は、山城国より『魂魄遊戯』を持ち出した、南光坊天海を襲撃したし、一色崇伝も襲撃した。
どれもこれも、『遊戯』開催を阻止する為だが…。何れも叶わなかった。用心棒が強すぎたのである。
「ううむ…。それに、此度の封印が解けた理由も解せぬ」
ワシの同志の一人、黄昏る道摩が円筒に腰をかけえうという無作法な体勢で口を開く。しかし、ここでは無礼講だ。許そう。
そして、南光坊天海を挟んで反対側にいる、白昼の忠行が西洋から輸入したというキセルを口から離すと、煙を吹いた。
「ふーっ…」
忠行は落ち着いた口調で、ワシ等の眼下にて拘束されて目を白黒させている天海を見て言った。
「道摩の言う事も尤もだ…」
「天海とか言ったな…。坊主…」
そして忠行の子の激昂たる保憲が父の意見を代弁する。
「如何様にして、我らが方術を破り、山城国から『魂魄遊戯』を持ち出したのか」
うんうん頷きながら、道摩があわせる。
「我ら、本筋の陰陽師5人に対抗できるのは、昔も今も安部晴明ただ一人…」
「だが、晴明は10年前の『遊戯』終幕を皮切りに、最後の魂も天に召したはずだ」
最後の一人、最も若年である賢才悪魔・豊永斎もようやく口を開いた。
「…どうした。何故、答えぬか…」
「我ら、陰陽裁判にかけられぬ内に、全てを白状した方がよいぞ…!」
…少々脅しが過ぎたのか。天海はただただ目を小さく丸くするだけで、何も言えなかった。
「…混世法師・智徳殿。如何なさる?」
その天海を見かねた忠行が、ワシに意見を求める。この場にいる陰陽師の中で、長として活躍するのはワシだけだ。
「…致し方あるまい…。豊永殿、天海を送って差し上げよ」
「承知した」
ワシは、まだ機が熟していない事を悟ると、天海を元の場所まで居た「千代田城門前」まで送るよう、斎に指示して、場を辞した。
機が熟するまで待つか…。いや、その前に誰がどのようにして、『魂魄遊戯』を盗み出したのか、知る必要がある…。
場合によっては、非人道的措置も考慮せねばならんが…所詮、ワシ等には関係のない話だ…。70人の生涯と世界の命運を天秤にかける暇や趣味なぞ、我々は持ち合わせてはいない…。
《氷河》の憑依した松永さんがクシャミをしたのだ。いくら、冷気を自在に操れる存在といえど、それは魂の能力であって、
宿主とした人間には何ら、それらの特化した能力まで付いていくほどの耐性というのは備えられないようだな。
私が、そんな微妙な予備知識を頭の片隅に収納する間、薄っすら透明度がある氷のドームの中で、松永さんはどう見ても肩を震わせていた。私達が見えてないとでも思ったのだろうか。そうだとすると、幸せなものである。
「…あの…《氷河》さん…」
「な、なんだ…一色崇伝…」
- 21 名前:たこすけ ◆So3fZ8IS7I 投稿日:2008/06/26(木) 23:22
-
空に上る満月が道を照らす。時刻は既に丑の刻である。
そのような腕白坊主も寝静まる時刻だというのに、近江佐和山城内の一室では影が二つ、蝋燭の灯を受けていた。重苦しい声がその室内を満たす。
「・・・殿下とそれがしで謀らったのだ。貴殿にもご協力を願いたい」
重苦しい声の主はもう一つの影を見やる。もう一つの影はその目から逃れようとしているのが、影越しにもわかる。
「ひ、日ノ本中をだ、騙そうと、いうのか・・・」
「日ノ本ではない。正しくは、あの江戸の内府だ。あれは必ずや天下を狙っておる。それがしには分かる。秀頼さまをその座から引きずり降ろしてでも殿下の天下を乱さんと、こうしている今も着々と策を練っていよう。その内府を出し抜くには、これが上策だと、殿下とそれがしの意見だ」
「しかし、万が一どこからか情報が漏洩でもしたら、そなたのみならず、太閤殿下にまでその累を及ぼすことになる」
「案ずるな。このことを知っているのは殿下にそれがし、そして今ここに居る、貴殿だ。この三者が誰にも口外することがなければ、よいのだ」
暫しの間、無音の時が続いた。城外の木々の葉が風になびく音だけが城を包んだ。ややあって、
「・・・まことに、貴殿も了承しているのだな?」
「無論だ。むしろ、殿下がそれをお望みなのだ」
「・・・頼む」
影は頭を下げた。その姿には、哀愁が漂う。
「・・・承知した。だが、太閤殿下も、相変わらずだな」
「天下を追い求めていた若かりしあの頃と何も変っちゃいない。むしろ若返った感もある」
「とにかく、貴殿はあまり出しゃばらない方が身のためやもしれぬぞ。何かと評判が悪い」
「そんなもの、とうに自分がよく知っている。だが、そのような形もない評判に臆病風を吹かせていたら、このような大策、成せぬ」
「それが、貴殿の悪いところだ。だが、それが善いところでもあるかもしれぬぞ」
相手の返事を待たずして、影は話を続ける。
ところで、貴殿もその身で知っておるだろう。朝鮮の戦は酷いものだ。日朝共に戦うことに嫌気がさしておる。私はたまたま傷を負って帰国を許されてここに居られるものの、今も在朝の諸将らは苦しい戦が続いておる。あれではとても士気もあがるまい」
影はその意見を一蹴した。
「それも殿下は策はを練っておいでだ」
突風が突如として室内に吹き込む。蝋燭の灯が揺らぐ。
「・・・勝てるのだな?」
「無論だ」
その晩、影二つは夜が明ける手前まで語り合った。そして、二人が密かに話し込んでいたこの夜のことを知るものは、誰としていない。
- 22 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/27(金) 05:42
- 優しそうな松永さんの外見とは裏腹に、かつての双葉と同じように偉ぶったような口調。これが魂魄の特徴だろう。
「よく分からないのですが…。どうして、戦う必要が…?」
「…なに?」
…そんな阿呆を見るような目と口調で私を見るな、罵るな! だが、私は腰を低くしたまま、もう一度同じ質問をする。
「我々を封印した陰陽師に復讐する為。そして、我々の楽園を作り上げる為」
「…復讐…?」
「そうだ。晴明めは我々を使うことを恐れて、あろう事か我々を辺鄙な木箱へ封印したのだ」
「晴明…安部晴明!?」
「そうだ」
知らなかった…。まさか、魂魄遊戯とかいうのがそれほどまでに古い歴史があったとは…。
「そして、楽園。『魂魄遊戯』に勝利し、封印から完全に解放された我々による世界だ」
「…それって…」
「言わば、天変地異。という奴だ。人間共には辛いだろうが、俺達にとっては住みやすい世界に変える為の経過に過ぎぬ」
「…」
封印から完全に解放…それは、まだ双葉や松永さんに魂魄が憑依している事が前提だろう。
何か嫌だ。
私は、とりあえず目の前の《氷河》を何とかして説得するように心がけた。
「だったら…『遊戯』が終了した後、魂だけを解放すれば…いいんですか?」
「ん? 何と言ったか…?」
「魂だけを解放すれば…その願いも叶うのですか?」
「…はあ? 一色崇伝、それが出来ていたら、智徳法師や豊永斎は苦労しておらんぞ。
しかも、奴らも最後には「引き分け」で『魂魄遊戯』の幕を下ろしているからな。そうなると、相当の実力者でなくば…」
「なら、いいのですね」
「あ…ああ…。出来るものなら…な」
どうやら、こういった提案は夢にも思ってなかったらしく、《氷河》は呆気に取られていた。
なら、私としても様々な名誉の為に魂の解放してやろうではないか、ああん?。…大暴落した株価の恨みの為に…。
「…いいだろう。今だけは…」
どうせ、自らを氷へ閉じ込めて動けなくなった《氷河》だ。《氷河》は、氷のドームをゆっくりと解いていき、
「今だけは…お前の勝ちにしてやる。だが、勘違いするな。
お前が、あの太刀を持った男の後ろに隠れたままだったと仮定するならば、私は絶対に降伏はしなかったからな」
一応の負けを認め、氷に腰を下ろした。それを、黒衣の僧兵達が立ち上がらせる中、私は師範に視線を移した。
あの野郎。やはり食えない奴だ…。やはり、開催者とも言うべき俺が動かないと、誰も心を動かされないといった所だな。
「よくやったわ、一色崇伝! さあ、さっさと《氷河》を封印しなさい!」
「え…? 封印…?」
忘れてた。封印しなくちゃならないんだ…。あああああああ…。
「ふ、双葉!」
何故だか、私は外聞なく叫んでいた。しかし、双葉は不機嫌そうな顔をして、腕組をしながら、
「わかってるよ。仕方ないんだもんね」
と、《氷河》の作り出した氷の舞台よりも冷たい笑顔を最後には作り上げ、私にそう言い聞かせた。こええ…。
こうなると、私は黒衣の僧兵に両腕を拘束された《氷河》こと松永さんと、あれ、をする他ならないわけだが…他に道はあるだろう。
「《使徒様》−! 封印って、他の方法ありますかー!?」
- 23 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/27(金) 05:43
- 最後の希望の為に、私は少女を頼った。だいたい、あれ、だけが封印の方法なんておかしい。おかしいんだよ!
「ないわよ」
即答された。しかも、希望すら残されていない。これ、パンドラの箱よりも残酷でしょう。
「ああ…」
嘆息しながら松永さんを見る。すると《氷河》はやる気満々のようで、目を閉じているではないか。もう、どんだけだよ。
…私は、また根岸とかいう男に力任せで、あれ、をさせられるわけにもいかないので、まるで氷細工に、あれ、するかのように、
「早く封印しろ。それとも、また戦うのか?」と心で語る、松永さんの外見をした《氷河》…いや、松永さんと、あれ、をした。
「あたた…」
京都へ無事帰還を果たした私は、国分寺から転落した折に出来た傷を双葉に手当して貰っていた。
松永さんの《氷河》を封印した刹那、氷の舞台が瞬時に蒸発してしまったので、私は何もわからないうちに転落していたのだ。
ネコ化が解ける寸前だったので、双葉は上手く着地していたし、《使徒様》こと少女も黒衣の僧兵達によって無事だったし、
気絶した松永さんも、師範が回収したので無傷だ。何だか、納得がいかないな。
「右腕のほうは、骨折れてるっぽいね…」
私の全く上がらない左腕をぷにぷに、右腕の人差し指で押し込む双葉。
そういえば、双葉は馬小路・樋口小路の大きな病院に働いているとか言っていたな。ここ6日間、働いてないけど大丈夫だろうか。
「はあ…折れてたら、どうすればいいんだっけ?」
「治療よ、治療」
「病院か…」
病院は嫌いだ。血の臭いや、家族の死に直面した遺族の悲しみの声…。とてもじゃないけど、耐えられたものじゃないが…。
師範も物好きで、先の戦いで無傷だった割には「病院に行ってくる」とか言って、朝から居ないし…。なんだろうな。
「…でも、この程度なら私でも治せるよ?」
「…本当?」
「本当、本当」
「じゃあ、お願いできますか…? いや、是非お願いします」
頭をへこへこ下げる私。それを見て得意げになった双葉はふんぞり返って、
「よろしい」と言い、どこからか細長い棒と包帯を取り出して、ようやく本格的な治療に取り掛かった。
「…」
苦戦しているのか、私の腕に顔を近づけてかなりの時間を労してまで治療を全うせんとする双葉の頭の頂が、私の目の前にある。
その頂にある、少し撥ねた2本の髪の毛が、双葉が包帯を解いたり結んだりすると、虫の触覚のように動く。
…なぜ、こんな感慨入り浸った事を考えているのだろうか…。幼少の頃では、確かに考えられない事だったが…。
「ああー!!! よし、多分大丈夫!!!」
白日夢から覚めると、治療開始から随分と時間が経っていた。その間、やはりというべきか双葉は包帯を巻いてくれていた。
まるで蚕のようにまで肥大化した包帯は、さながら大砲をも彷彿させる形状をしており…強くなれた気がする。
私が「ほおほお」と唸りながら、その右腕をブンブン振り回していると、邸の門から声がした。女性の声だ。すると、《使徒様》かな。
「また、魂魄を見つけたのかな」
双葉が…おそらく冗談で言ったのだろう。だが、ありえる話だからこそ、その冗談も笑えないわけで…。
- 24 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/27(金) 05:44
- 「《使徒様》、帝国に到着しました」
「ご苦労ね。下がっていいわ、根岸」
「承知」
大和国で《氷河》が封印されてから、数日かけて、私はあのお方のいる『帝国』へと帰還しました。
牛車を護衛してくれていた根岸に労いの言葉をかけ、下がらせると、私は『帝国』の中心部である『宮殿』へと足を運びます。
この巨大な地下帝国…帝国と呼ぶには些か狭い穴は、約10年前…あのお方が掘られたという話です。
どのようにして掘り進めたのか。そして、何の目的があったのかは存じておりませんが、私はあのお方を信じています。
ですが、反面…。信じられないくらいのバカも、あのお方の部下として働いているわけですが…。
「よお。元気?」
前からやって来る、飄々とした二枚目の男…。風格こそは、柳生宗矩とかいう男に近いけど、
私としては、可愛い顔の一色崇伝より優れた男とは思えない。それは置いておくとして、私はこの男が嫌いだ。
「元気だったわよ? あなたの顔を見るまでは」
「ああ、すまないね…。だが、悪気があったわけじゃないんだ」
悪気があろうと無かろうと、金の力だけで、実力社会を生き延びた無能な男はとにかく嫌いだ。
「おどき。先を急いでいるの」
私は、その飄々とした無能なる《使徒》を突き飛ばすようにして進んだ。そう、あのお方の所へ向かう為に…だが、《使徒》は動かなかった。特殊な事ではない。私が幼すぎる故に…年齢差がありすぎて、力の差が生じている為だ。
「…急いでいると言ったのが、わからないの…?」
睨むようにして、私は《使徒》を見上げる。それはもう、殺意を爛々と込めた目で。
しかし、この爆裂無能男はそんな事に気付かないのか、流れるような手つきで前髪を掻き分けると、
「急ぐ必要はないよ」
なんて言って来た。ああ、無能すぎて、ついに阿呆になったわけですね。ふうん。
「…」
「これを、あのお方から渡すように言われたのでね…」
睨み続ける私に、《使徒》は懐から一通の書状を取り出して、手渡ししてきた。私はそれを毟るようにして奪い取り、中身を確認する。
もし、これが本当にあのお方からの書状ならば…それは次の「命令書」でしかないのだが…無償に見たくなるのはどうしてだろう。
「…嘘…」
「嘘? そう思われるのですか?」
私はその書状の中に書いてある旨を、口の中で復唱する。嘘、嘘、嘘。こんなの、まずありえない…。
…状況は、10年前、豊永斎が開催した『魂魄遊戯』よりも、最悪の状態で進行されていたのだ…。
これもすべて、一色崇伝が無能に近いからです。ああ…うぜえ…
- 25 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/27(金) 05:47
- 「久しぶりだな。あ、私と直に話すのは初めてだったな」
…。本当に、『魂魄』が私の本家を訪れてきたのだ…。これには、双葉も驚きの色を隠せていない。
目の前にいる、やたらと長い銀髪を揺らし、のほほんとした表情をする、封印したはずの《氷河》こと松永智代さんがそこに居た。別の言い方をするならば、『えらい美人がそこにいた』だろう。間違いない・
松永さんは、封印した後、気絶しているところを実家に強制送還させたはず…。いや、実際は事の露見を恐れた私の責任だけど…。
しかし、どうして、あれ、をした張本人である私の邸の場所を、この松永さんは知っているのだろうか。
ここで確認の為に一つ。松永さんは、人格諸々を乗っ取られたとはいえど、目に見える範囲は全て記憶として残っている。
以前、《神速》を封印した時のような、衝撃を与えるようなやり口ではないので…記憶が飛んでいるとかいう考えはない。
すると、なんだ? 松永さんは、『復讐』に来たのか? いや、それは不味いでしょう。いくら《氷河》の力が封印されたとは言えど、
女の人というのは感情に走ると、とんでもない力を発揮するものだ。双葉が、その一つの例であるのは言うまでも無い。
「え、えーと…」
何とか穏便にお引取り願いたい私は、頭をへこへこする。うう…何だか、双葉のいる方角から圧力が…気のせいかな…。
「復讐とか、そういうのは…あれですよ、松永さん。復讐は復讐を呼びますから、止めたほうが…」
「…」
「ほら、ほら! あれ、あれ、だって、《氷河》を封印する為には仕方のない事だったんだしさ! ね!?」
「…仕方のない事だと? 一色さん…? それは、本心から言っているのか…?」
「は、はい。やましい気持ちなんて、これっぽっちも」
「…ほお…。だが、あれは私の「はじめて」だったのだが…詮方ない事実だったわけか…」
「…申し訳ありません…無関係なのに、巻き込んでしまい…」
もう、私はとにかく謝って、敵の気勢を削ぐしか選択肢は無かった。
「これ…。黒い僧衣を来た人が…」
そんな私を見た松永さんは、嘆息して一通の手紙を手荷物から取り出して私に差し出した。
それは、《偉大なる使徒様》が《氷河如きに支配された松永さん》へ宛てた手紙で、それには事の重要さと、本家の住所まで書いてあった…。そうか…あの少女がやってくれたのか…。
「あの小娘…」
手紙の中を見て肩を震わせる私。収められない…ああ、今なら右腕から鉛弾を発射できそうだ。
「だから…な。一色さんが『魂魄遊戯』で殺されるとなると、私はまたも《氷河》に支配されるらしいから…。
一色さんの、身辺を守る為にも、私を一色本家へ置いてくれないか…?」
…その瞬間、《氷河》の吹雪よりも冷たく、恐ろしい空気が私を襲った。えー? なんてー? 一人増えたー?
「それに…だ。「はじめて」を奪った、『責任』を…だな。取って貰う必要もある…」
責任? 責任…? 責任…。
その二文字。安部元首相でいうと一文字である単語が、私の脳内を駆け巡った。ああ、そうか。私、犯罪をしてるのか。。突如、女の人に戦いをしかけて、勝利したら問答無用で、あれ、だなんて…どこの好色家だよ…。
私は、なんやかんやで松永さんを迎えると同時に、人間としての矜持をも失った気がした。
第一局・『魂魄で遊戯』 完
- 26 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/28(土) 20:42
- 「ふんふふーん」
山城の平安京…。大和で聞いた所よりも、意外と栄えている国だというのが、私の率直な感想だ。
設備の整った医院や市場があれば、ほぼ機能を果たしていない行政機関である大内裏もあり、そして何より、自然が豊かだ。
一歩、平安京の外に出れば穏やかな街道。風に揺られてざわめく木々…思わず、時をも忘れてしまうくらいだ。
「ふんははーん」」
実際、この平安京へ来るまでに通常3日で移動できる所を5日もかかったのは、何度も昼寝に時間を要してしまったこともある。
まあ、いいじゃないか。自然と戯れる少女。いい芸術の画になると思うが…? 如何だろうか。
「たらりらったらーん」
…それにしても、細川双葉さんが勝手場(台所の意)で鼻唄を歌っているが…何という歌だろうか。
鼻唄を歌い、料理を作っているくらいなのだから、とても順調に進んでいるのだろうな。
「…あれは…死を呼ぶ鎮魂歌…」
「鎮魂歌…の前にある不吉な単語はなんだ、一色さん…」
その楽しそうに料理をする双葉さんの背中を、まるで「空から降りてきた恐怖の大魔王」を見るような目つきで観察しているのが、
私の「はじめて」を奪った、一色崇伝さんだ。本人としては、キ…むにゃらむにゃーら…を反省しているようだが…それはそれで困る。
「あ、そうか…。松永さん、双葉の料理を食べるのは初めてだっけ?」
そこでようやく、私が昨日になってようやく来たという事実に気付かれた一色さんが、頬杖を解いて私に語りかけます。
「あれはね、「死を呼ぶ鎮魂歌」と言って、双葉が料理を作るときに必ず唄う、鼻唄だよ」
「それがどうして「死を呼ぶ〜」なのか?」
「…双葉は、恐ろしいくらい料理が下手なんだ…」
それを知るのは、幼馴染故だからだろうか。今朝方、医院から帰った柳生宗矩さんに確認を取るが、宗矩さんも食べた事がないらしく、首を傾げるだけだ。
「まあ、食べればわかるから…」
「はあ…」
その後、私と宗矩さんが人外魔境の味に襲撃されてのたうち回ったのは…今も昔も四人だけの秘密で、
激昂した宗矩さんによって、双葉さんが食事当番から外される原因ともなったのは楽しい思い出の一つだ。
病室…。平安京の一角にある、大きな病院の一室に俺は妹を見舞いに来た。
元々妹は越後にて療養させていたのだが、回復の見込みが無くなったので、京都に回復という一縷の望みをかけて移動させたというわけだ。
「あ…」
もう、愛くるしいくらいのどんぐり眼で俺を見上げる少女が、越後出身で、俺の義理の妹である長尾香澄。
そして、その付き人である、威厳の備わった風格を全面に突き出す秘書風の少女が、信濃出身の村上観閑。
「お疲れ様です。宗矩様…」
「いや、疲れているのは観閑もそうだろう。休んでいていいぞ」
…観閑には無理して、越後の栃尾地方から京都まで移って貰い、日夜香澄の身の安全を守って貰っている。
それはもう、ある意味、『魂魄遊戯』並みの精神力が要されるであろう。なにしろ、香澄は病状柄、吐血が多いのだ。
少し放っておくことが危険に繋がる。故に、観閑の精神力はギリギリの状態なのだろうけども…。
「いえ、実は休ませて頂きました…。香澄の御命令でして…」
「…だって、観閑が疲れていたようだから…」
ああー…。優しすぎる、優しすぎる。これだけ優しいのに、どうしてだろうな。神様というのが居たら、殴ってやりたいくらいだ。
- 27 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/28(土) 20:43
- 「あ、宗矩様…。少し、おかしな話を仕入れましたが…」
俺が香澄の優しさに呆けているのに気付いたのか、観閑が慌てるようにして話題を切り替える。実に優秀だ。
「東にある、比叡山…。女人禁制で有名でしたが…」
「ああ、うん」
「今は、たった3人の女に占拠されているとか…」
「へ!?」
いやいや、ありえない。ありえないだろう。常識的に考えて。
あの聖地・比叡山がたった3人の人間によって占拠されるような事態は、恐らく異例だろう。
織田信長による延暦寺焼き討ちも異例の出来事だが、これは色んな意味でそれを超越している。
「…兄上様、今度は比叡山へ…?」
大和へ行くために京都を6日留守にし、今度は比叡山。香澄はそう思ったのだろうな。とても不安そうな表情で、俺をまたも見上げる。
そうか。比叡山を占拠したのが、『魂魄』に乗っ取られた3人の女だとすれば、その異例の事態も納得できる。
って、まて。ついに俺はそんな事すら納得してしまうほど、俺はおかしくなってしまったのか。悲しいことだな。
「香澄、変事があらば、俺は宰相と共に、その場へ駆けつけねばならない。許せ」
「…うむ」
一応理解を示す香澄。だが、この我が儘について、観閑が頭を深く下げて謝る。
「宗矩様、申し訳ありません。この子、最近は調子がよくて…それで我が儘ばかり…」
「元気ならそれでいい。自己を主張できねば、生きるに当たっても辛いだろう」
…どうやら、京都に来て正解だった。前は素直にしていたが、我が儘を言うくらい精神、体力にもゆとりが出来たのであろう。
ん…そういえば、『魂魄遊戯』が始まってから、元気になってきたような気がするが…。確証はないが、恐らく、その頃だろう。
「比叡山に『魂魄』が待ち構えている恐れが…?」
松永さんの作った夕餉を前に、私は師範が持ち帰った『魂魄』のいる可能性がある高い、比叡山の情報を聞いていた。
比叡山…女人禁制の場に陣取るくらいなのだから、男性なのだろう。なんだか、それはそれで嫌だな…あれ、をするのが…。
と思っていたら、今度も女の人が3人でそこを占拠しているらしい。どうしてだろう。こういった、占いや魔術的な物には、女性に適正があるのだろうか。些か、悩ましい問題でもある。
「でも、3人も居るんでしょ? 私達は、智代ちゃんと私しか『魂魄』を宿してないんだけど…数的不利じゃない?」
松永さんの達人級の夕餉に舌鼓を打つ双葉が、今の状況が不利である事を悟る。
だが、これはまだ有利な方だ。私は、双葉に「数的不利なだけで、情勢としては不利ではない」事を説くべく、口を開く。
「双葉、その3人がどうして比叡山に居るかわかる?」
「え…。待ち伏せたりして、襲うんじゃないの?」
「残った65人、全員が集結するのを待っているとしたら…? もし、65人全員が合流したら、《神速》と《氷河》をもってしても防げないよ」
「う…そ、そうねえ。兵、河の半ばを渡らば討つべし。とも言うしねえ…」
その格言を利用する時ではないと思うのだが…。しかし、一応は理解してくれて助かる。
私も、弁が立つほうではないから…おそらく、大師と口論したら、ものの数秒で言い負かされるだろう。それくらい、弁は立たない。
- 28 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/28(土) 20:43
- 「だが、どうする。以前の黒服の僧達が居るわけでもないのだろう」
松永さんが、「黒衣の僧兵」達の参戦がない事を不安がる。なに? そんなにも彼らは優秀なんだったのか?
そうだとしたら心外である。僧兵達が活躍したのは、《神速》封印の時くらいだし、《氷河》の時は数合わせくらいにしかなってない。
「…それでも、これ以上、『魂魄』が合流するのはさらに危険だよ。
一人でも戦力を削ぎ落とすとかして、地道に事を運ばないと無理だろうね…」
「まあ…いいだろう。私の《氷河》なら、容易く事は成る」
頼もしいね。どうも…。だけど、その《氷河》の力を解放する度に、私の株価が大暴落するのを、そろそろ察して欲しいのです。
その翌日、近江坂本へと私達は足を運んだ。
目の前に聳える叡山は、パッと見ただけでは何時もと変わらない…いや、見るのは数年振りなのだが、至って平和に見えた。
しかし、叡山に駐留していた法師達は追い立てられて、麓の集落にて過ごしているらしいので、平和の裏に陰があるのは事実だ。
「この広大な叡山から、3人の女性を探すのか…? いくら何でも、無理だろうがよ…」
珍しくも師範が愚痴を溢す。まあ、愚痴も溢したくもなるのはわかる。なんたって、叡山全域からたった3人の女性を探すのだ。
それは、さながらウォーリーを探せを行う位の暴挙に等しく…そう考えると、泣きたくなってきた…。
「一人でも見つけたら、他の二人も誘われるでしょ。さっさと行くよ」
どうしてそんなにやる気なのか。双葉は武器として持ってきた三尖刀を振り回して、ずんずん叡山へと入っていった。
松永さんも、鉢巻を巻いただけの、非常に不安な武装で双葉に続いて叡山へと入っていく。
「…まあ、すぐに見つかるよ」
「そうだといいけどねえ…」
そして私達は互いを励まして、早足で叡山へと入っていく。
…すぐに見つかるなんて、あるはずがない。大声出して呼んでみたり、くまなく探し回ったりしたものの、成果は現れない。
そこで私達は、二手に分かれて捜索を行う事にした。まあ、こういう時こそ楽しんで。
という事で、双葉がそこ等に落ちていた棒切れを使って籤引きを作り、それで班分けを行った結果が、
私と双葉。師範と松永さんの2組だった。…まあ、誰が誰かとなるなんて、確率が3分の1だから、全く面白味が無いね。
「智代ちゃんは分かれるんだから、力を解放した方が無難じゃない?」
別れ際に、松永さんを引き止めて、双葉が言った。
ああ、そうか。どうして直ぐに、あれ、をしなきゃならないことを忘れるんだろうか…。私とした事がね…。
「…なるほど。では、一色さん、頼む」
「頼むって…その…刻印は何処に…?」
のほほんとした松永さんは「刻印? ああ、これか」と言うと、双葉と同じ場所にある刻印を私に見せ付けた。
「…ッ…」
…松永さん…少し、はだけすぎ…衝撃的です…。
「ああ、すまん。仏の遣いに、これは少々刺激的だったか」
松永さんは、はだけすぎた胸元を少々正すと、「さあ、来い」と言わんばかりに構えた。いや、構えられても。
「汝等が主が命ず。…力の第一章を解放せよ」
- 29 名前:たこすけ ◆So3fZ8IS7I 投稿日:2008/06/28(土) 22:18
- >>7の下から5行目「大坂」は「伏見」の誤りでした。訂正すると共にお詫び致します。
伏見城を後にした家康はそのまま家康の伏見屋敷に入った。
「お帰りあそばせ。家康さま、先程より本多どのがおいでにございます」
近習が報告に耳を傾け、家康はうなずく。
「うむ、暫し、待て」
「佐渡、待たせたか」
「待つには慣れておりまする」
素っ気なく返事をするこの男は、本多佐渡守正信である。
この佐渡守正信、なかなか喰えない男で、若き頃に発生した三河一向一揆で一揆方に加担し、家康に刃を向けた男である。その後は一揆も鎮圧され、正信は許され、三河を去るが、やがて悪名高き大和の松永弾正の許に身を寄せるようになる。
どういう訳か、この久秀に気に入られた正信は松永軍のなかでめきめきと頭角を顕すようになったのだ。
その報せを受けた家康によって信貴山城にて松永家が滅亡した後、再び徳川家に呼び戻されて仕官するという経歴を持ち、今では家康の懐刀とまで呼ばれているのだ。
その正信がわざわざ伏見にまで出てくる、というのだからよほどのものだ。
正信が開口一番、
「太閤のお具合はいかがで?」
家康は首を横に振り、
「佐和山の奉行にしか会っておらんわ。あやつの才槌頭なぞ、別に見とうないがな」
「つまり、やつれた太閤を見せたくないわけですな」
一呼吸おいて、家康は口を開く。
「それだけ、かのう」
家康は正信の答えを待たずして、独り言のように呟く。
「知恵猿め・・・何を企むやら・・・」
家康の長年の、言わば直感が告げているのだ。家康は騙される。別に何で、という確固たる根拠はないが、家康には分かるのだ。この歳にもなれば、頼れるのは僅かな信頼できる家臣と、自分である。その自分が感じたものを信じないわけにはいかない。信じないのならば、それは自分を否定することになる。家康には自分を否定する気は、さらさらない。
暫しの沈黙が続くが、それは近習の声に裂かれた。
- 30 名前:たこすけ ◆So3fZ8IS7I 投稿日:2008/06/28(土) 22:19
「との、福島左衛門大夫どのが取次ぎを願っております」
「なに、福島がか」
福島左衛門大夫といえば秀吉がまだ羽柴と名乗っていた頃、賤ヶ岳の合戦にて七本槍と謳われた男だ。豊臣家中でも勇猛で知られ、今では清洲二十四万石の大名である。
だが、正則は勇猛さでは右に出るものは居ないが、頭の方が少々疎いのが玉に傷だ。
家康は考えたが、別に会って害なしと判断し、正則と会うことにした。
「これはなかなかの珍客ですな。いかがなされたましたか、福島どの」
正信は別室に下がり、二人きりでの対面となって、正則はどこか緊張の面持ちの正則である。
正則はおもむろに口を開く。
「太閤殿下のことはすでに内府どのも聞き及んでいましょうな」
「勿論ですとも、今日も是非とも、と面会を希望したのですが、石田どのに拒まれましてな」
苦笑混じりに家康は語るが、その目は正則を捉えて離さなかった。正則が嫌いとしている三成の名前を敢えて出すことで、正則の出方を見ようとしているのだ。
すると案の定、正則は顔を歪めて、
「治部めは今、病によって弱気になられた太閤殿下と淀君の庇護を受けて一層傲慢さを増しておりまする」
と、嫌悪感をあらわにした。この男には感情をしまうということは難しいのだろう。家康は敢えて黙って聞いていた。
「ところで内府どの、万が一、いや、まことに万が一でござるぞ、太閤殿下がお亡くなりになられたら、秀頼さまがこと、加賀大納言どのと共に是非ともお支えして下さいますな。その時はこの正則が微力ながらお力添え致しまする」
つまりは、秀吉が死んだ後、最も有力な権力者に家康を認めたのだ。そして、自らの保身の為に、謂わば挨拶回りをしに来たのだ。これには家康も悪い気はしない。
正則も万が一だとか秀頼がためだとか言っているものの、結局のところは自分の身がかわいいのだ。所詮大した男ではない。
「これ、福島どの、縁起でもないことを申されるな。今はまず、太閤殿下がお元気になられるのを待つべきではなかろうか」
家康は諭すように正則に言った。これには正則も、
「いやはや、まことでございますな。これは失礼いたした。それがしの不遜の致すところでしたな」
と、神妙になるも、次には家康に近づき、
「内府どの、あの石田治部めには油断なさいますな。それがしの聞き及んだ情報では、内府どのの命を狙っているとのこと。くれぐれもご用心なさいませ」
家康も石田三成が自分を嫌っていることは肌で感じている。むしろ、家康自身も三成を好きとしないのだ。そんな三成だから、正則の言うことも決してないとは言えない。
「その心遣い、感謝いたす。くれぐれも気をつけるとしよう」
「然様でございますか。それでは・・・。内府どの、くれぐれもご用心あそばせ」
正則はそう言うと、家康の屋敷を後にした。
- 31 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/30(月) 05:25
「あっ…」
足下に広がる唐草模様の光に当てられながら、松永さんは喘いだ。内から放たれる力の波でも受けているのだろうか。
光がおさまった刹那、私は松永さんの体からかすかな冷気を感じ取る事が出来た。力の解放は成功したようだ。
「…よし。行ける…」
足下の霜をパキパキ均し、力の具合を確かめる松永さん。使い方は大抵把握できているらしいが、どうやって知るのかな。
「ほら」
さっさ《神速》を解放しろ。と言わんばかりに、鬼の形相をする双葉がそこにいた。逆らったら殺される。
私は、松永さんのときと同じように、双葉の刻印にも、あれ、をして、《神速》の力の一部を解放した。刹那、唐草模様が広がり、双葉を優しく包み込んでいく。
「…ッ…」
双葉が声を押し殺したのが丸分かりだ。だが、言ってしまうと、《神速》の力で双葉に一瞬にして背中に回り込まれて、首を絞められそうになるので、あえて言わないでおこう。うん。賢明だな。危機管理能力が働いているのかもしれない。
そんな恐怖を抱く私をよそに、双葉は首と肩をコキコキならすと、
「…さて…行くよ」
「え? え、ええええ!!?」
《神速》の力を用い、私の衿を掴むと、私ごと『加速』して山を駆けた。こんな使い方もできるんだな…『魂魄』って凄い!
しかし、動体視力まで発達しない事を察すると、普通に歩いて探した方が効果的だと言う事も同時に悟り、
私達は叡山の西部をてくてくと歩いていた。…ここまでして見つからないのだ。師範には悪いけど、やはり偽報では…?
「いない…っと…」
巨大な岩山の真下まで来ると、双葉はそう言い、大きく伸びをした。
…疲れているのは私も同じだけどね。それに、長時間において能力を解放させていると、それだけ精神力も削られる。
双葉と松永さんの二人も解放してあるから、その精神力は2倍速で浪費されているのだろう。世知辛い仕様だ。
「…ふう」
ふと、私は地面に腰を下ろす。意外と疲れる…もとより、こういったのは私が得意とする分野ではない。
私は、日夜お経を読み上げるだけだった。なのに、こんな事になるとは…大師めえ…。
「はああぁぁ…」
そして、つい溜息を漏らしてしまう。何だか、嫌になって来た…。
「大丈夫?」
膝をかかえ、そこに頭を埋める私を心配したのか、双葉が肩に手を置いて語りかけてくる。
「…多分」
「休もうか?」
「…お願い」
休まないと死ぬ。
だというのに、まるで私の体力切れを待っていたかのように『魂魄』は登場するのだから困ったものだ。
「よかろう。休ませてあげてもよいが…まずは、真っ二つだ」
「…はぁぁ…」
私達の目の前に現れたのは、年齢が9歳前後であろう、幼い少女であった。
幼く、細い体つきに反して、頬はぷっくり膨らんでいて…例えるなら、小動物のような愛らしい少女だ。その癖、『魂魄』の性格上か、腰に手を当てて偉そうにして背伸びしているのが、なんともいえない位可愛い…って、おい。
私は今、何を考えていた? 可愛い? ああ、俗世から出て、仏の御使いとなったのに…男の性というべきか…。
…私は、色んな意味を込めて、かなり深い溜息を吐いた。
- 32 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/30(月) 05:27
- 「《氷河》ァ! 大した事あらへんなぁ」
「…」
俺は今、何と戦っていると言えば、巨大な土の巨像。そして、無数の黒装束の兵士達だ。
奴等は、《地天》と《将軍》を名乗り、突如として俺達を襲撃してきた。
《地天》は下半身を土像に埋め込むようにして、それを操り、眼下の俺達を襲い、《将軍》は地面から無数の黒装束を呼び出すと、それに戦わせるといった具合で…。つまり、何が言いたいのかといえば、数的不利という問題を通り越しているのだ。
「武田真冬《将軍》、ここは我らにお任せを!!!」
「どけええ!!!」
黒装束共の実力は大した事はない。ただ、人海戦術とは良く言ったもので、俺は全く、丹後出身である武田真冬に近づけないでいた。
それは、松永殿も同じで、彼女は河内出身の三好蓮華の踏み潰し攻撃の前に、ただただ逃げるばかりだった。
かといって、互いに攻める相手を交換すると、俺も刀が通らない事を理由に逃げるだけで、松永殿も無数の黒装束相手に苦戦するであろう。万事休すか。
せめては、後一人残っているはず。それを宰相と細川殿が攻撃し、封印すれば良いのだが…。
「《氷河》、無様にも下等陰陽師に封印されたことを悔やみいや」
「チッ…下等陰陽師と言うなー!」
お? 松永殿が叫び、それに応えるように出現した氷山が、松永殿を踏み潰す為に振り上げた土像の足の裏に直撃。
見事、三好蓮華こと《地天》を巻き込んで、土像は引っくり返った。それはもう、さながら特撮映画を見ているようで…、
「やるな、あの娘…」
爽快だった。あの蓮華とかいう小娘、調子付いて喋りまくるから、耳障りだったのだ。
その後、松永殿は容赦しなかった。土像が巨体故に上手く起き上がれない事を良い事に、その土色の足下へ近づいて抱き締めると、巨大な土像をあの国分寺の時のように氷らせ始めたのだ。足から腰へと氷が着々と張っていく。いや、這っていく。
「あ、あかん!」
氷が這い上がってくるのが、土像の胸のあたりに埋まっていた蓮華にも分かったのだろうか。蓮華は叫び、真冬に助けを求めた。
「《将軍》ー!!!」
「…」
だが…《将軍》こと、武田真冬は動こうともしないのだが…先ほどから、黒装束の雑兵を顕現させるだけで、本人は何もしない。というより、喋らないでいる。ある意味、凄い肝の持ち主だ。
もしかすると、真冬の《将軍》は、部下を呼び出し、障害を破壊するだけの能力なのでは…? いや、確信できた。
「松永殿、《地天》が完了次第、此方も頼む!」
「了解…ッ…!」
そうなると、後は此方のものだ。弱い兵士しか扱えない《将軍》なぞ、恐れる事もない。
戦の勝敗を決めるのは、個人の才能だ。無闇に集めた雑兵の数ではない。
「…何処に言ってるの、崇伝は…」
唯一、私を《使徒》ではなく名前で呼ぶ事を許しました、あのお方の言葉通りならば…。
今、この山城…平安京には5つもの『魂魄』が集結している事になります。一つの国に、10日の時点でこれだけの『魂魄』が集結するのは、過去5回に亘って行われた『魂魄遊戯』においては初の事。
集結しているのは《武雷》《風伯》《治癒》《獄炎》《天翔》の5つ…。最強級の『魂魄』が2つも揃っているのには驚きました。
故に、その緊急事態を伝えるべくして山城の一色本家へ根岸を連れて訪れてみれば、既に崇伝以下、《神速》と《氷河》は留守。
- 33 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/30(月) 05:28
- 「…」
何やら、お祭り騒ぎの京都の喧騒を肴に、私は中庭へと足を運びます。
そこには、10日前、『遊戯』を開始した頃から忘れられていた『魂魄』を封印していたはずの木箱が放置されておりました。
「この木箱を、あのお方が…ね…」
私は腰を下ろし、感慨深くその木箱を手に取ります。そこで、私は初めて、その木箱がおかしい事に気付きました。
「…あら?」
「どうしました、使徒様」
重いのです。空箱のはずなのに…。訝しく思った私は、ふと中身を確かめるべく、真上から覗き込みます。
そこには…。
「記章…?」
真っ黒で、質素な形で…どうみても、私には不相応な記章がそこにはありました。
根岸にでもあげようかしら。彼、かなり頑張っているし…。あ、でもこれが中に入っていたという事は、『魂魄遊戯』の続行に必要不可欠だという事も考えられますね。
口惜しいけども、崇伝に差し上げる事にしましょう。…その崇伝が、何処にいるのかも、わからないのですけ、ど、ね…!
「根岸、宿を探すわよ」
「YEAR?」
私は宿を探すべく、記章を回収して踵を返して一色家の邸の正門へと向かいます。
一方の根岸は「この邸にお邪魔すればよろしいのに」と言った具合の表情をしています。おバカ、私がこ、こんな古臭い邸に泊まれるわけないでしょう。お化けでも出た…出ません。出ませんとも、怖くないですわ!
「宿を探すわよ!!!」
…つい、心の中ですけど口が滑ってしまいました。…あの無能崇伝のせいです…絶対に…。畜生。
「Y…YES BOSS」
宿…ね。古い所は御免被るわね。ま、根岸もその位は察してくれるでしょう。
私達の目の前に現れたのは、《斬破》に憑依された下間恋。ご丁寧に、自己紹介してから猛攻撃を開始してくれた。
その攻撃方法は、至って特殊なものであり、私は不意をつかれ、大砲状態の右腕に擦過傷を負ってしまった。
「次こそ、真っ二つだ」
下間さんは、松永さんが氷を顕現するように、指先に青白い球体を顕現させると、またも私の所へそれを飛ばす。
なにやら、普通の球体とかそういうのではなく、風に左右されることもなくその球体は突き進み、私の目の前で炸裂…瞬時にかまいたち現象を発生させて、周囲の物を切り刻むのである。
「ッツウ!!!」
飛び込んで回避しようとしたものの、左足の付け根に攻撃を受けた。…これは、かなり危険な『魂魄』だ…。
「ふ、双葉!」
「わかってる!」
容赦なく、青白い球体を此方に放る渡辺さんに隙を作らせるべく、私は双葉に突撃を所望する。
期待通りに双葉は、三尖刀を構えて下間さんへ突進する。『魂魄』の中で最速を誇る『神速』だ。下間さんも、これを見切る事はかなり難しいだろう。
でも、双葉、殺しちゃ駄目だヨ? あちらは私を殺そうとしてるけど、此方があちらを殺せば、元も子もないからね?
さて。これで終わるか…。そう思った刹那、下間さんは双葉に向けて指を指した。
「小癪、孤立、小癪!」
「なッ―――」
それは、気が狂ったとしか思えない行動だった。
下間さんは青白い球体を躊躇無く、目の前にまで迫った双葉へと発射。それがどういう事になるかは、安易に理解できる。
そう。自爆だ。
死なば諸共。我が魂は、また別に乗り移る。とでも言うべきか…。立派な、大和魂の持ち主である事は認める。
- 34 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/30(月) 05:31
- 「双葉…!!!」
「あ、え…」
私が叫んでも叫ばずとも、双葉は目の前にふよふよ漂う青白い球体めがけて突進していた。
速過ぎた為に、反応速度が犠牲となったのだ。このままでは、双葉はかまいたち現象によって、切り殺される…。
が。
「クッ…」
「きゃあ!?」
二人共、ただ爆発しただけの青白い球体から吹き飛ばされただけであった。
何故? え? 殺すのは私だけでよろしい。という事ですか? え? え?
まあ、なんだか、納得がいかないが…。それにしてもあの二人、至近距離で爆風の直撃を喰らって倒れたけど、大丈夫だろうか…。
「下間さーん、双葉ー!」
…激戦を思わせる白煙漂う坂の上。そこに二人は倒れていた。が…。
「ブッ!?」
二人共、至近距離で爆発を喰らったせいか、お召し物の至る所が破れており、白い肌が、見え隠れ…。
うう…俗世を離れた私には耐えられない光景だ。とにかく、隠さないと、後で殺されるのは私だろう。間違いない。
上にかぶせたように来た法衣、そして、右腕には袖を通していない羽織の2つの衣がある。これで二人の応急処置は済ませるとして、後は…ああ…封印しなくちゃならないのか…。
結果的には、私、何もしないまま下間さんの自滅策を待っただけだけど、これも立派な戦い方だよね? ね?
「失礼します…」
私は、自分の勝利を正当化させる為の言い訳を心の中で復唱し終えると、今度は下間さんの枕元に座り、三つ指を立て、そのまま平伏する事数十秒。仏様に誓い、やましい気持ちが無い上での、あれ、の行為を行う許しを仏様に請い、
その仏様の返事が返ってくる前に、私は幼い少女に犯罪行為…ないし変態行為をやらかしてしまった…。双葉も気絶しているのが幸いである。もし見られたら、軽蔑の眼差しを一身に受けるであろうから…。
「3つ…」
暗闇に浮かぶ円筒の上に立つ、黄昏る道摩が呟いた。今し方、3つ目の『魂魄』が封印されたのを知ったのだ。
「《氷河》に《神速》…どちらも、戦闘に長けた『魂魄』ではあるが、10日あまりで3つも封印するとは、大したものだ」
「…道摩の言う事も尤もだな」
ワシは素直に道摩の意見に同調する。本当に大した奴だ。
この調子であるならば、大きな変事が無い限り、ワシ等が動く必要もないであろう。…斎が開いた『遊戯』の折には、ワシを含めた四人全員で、『獄炎』に焼け殺されかけた斎を救ってやったわ。まあ、10年前の話ではあるがな。
「だが、山城の《武雷》《風伯》。そして、ようやく山城入りを果たした《獄炎》。これは、『魂魄』の中でも大きな力を持っているぞ」
賢才悪魔・斎が、円筒に乗ってワシ等の会話へと介入する。
「かくいう俺も、《獄炎》には世話になった」
そして屈託なく笑う斎。楽しみなのだろうか。崇伝が《獄炎》を打ち破るのを、《獄炎》が崇伝如きに敗れるのを。
「…ふみゃあぁぁ…」
とてもではないが、私には幼い少女を背負って、今何処に居るのかわからない師範と松永さんを探す気力と体力はない。
私はとりあえず、双葉が起き上がるのを待って、双葉が自分の姿を狼狽するのから目を逸らしてから、目の前の幼い少女…下間さんの目覚めを待った。
「ふみゅ…」
大きなあくびの後、下間さんは上半身を起こして、ようやく目覚めた。
右、左、前、上、そして私、双葉。視線をグルグル行き交いさせ、最後にはやけに重い自分の格好を見て、首をかしげた。
おそらく、「なに、この古い法衣は」とても思っているのだろう。あなたね、それが無かったらとんでもない姿に…。
- 35 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/30(月) 05:32
- 「…おにいちゃんたち、誰?」
ああ、よかった。とりあえず、下間さんは法衣を気にはしたものの「脱ぐ」という蛮行だけは止めたようだ。
下間さんは、小首を傾げて目の前にいる私と双葉の正体を確かめる。…覚えていないわけでもないだろう。
だが、本当に覚えていないと困るので、此方が自己紹介をしようとした刹那、下間さんは手を叩いて笑顔になると、
「あ、そうかー…。記憶にあった、一色崇伝と《神速》だねえ。となると《斬破》ちゃん、負けたのかー…残念かなー…」
本当に幼く黄色い声で、私と双葉の名…いや、双葉に至っては『魂魄』の名前だけど、言ってくれた。
話が早くて助かる。私はとりあえず、下間さんと双葉に「前だけはしっかり隠すように」と念を押した上で、師範と松永さんを探す事にした。
ただ、前述したとおりに私には二人を探す程の気力と体力がないので、もうよれよれの状態で探す羽目になった。
もう、泣きたくなった頃に、気持ちのいい涼しさにつられてやって来ると、開けた場所には氷漬けにされた女性二人と師範と松永さんが居た。
しかもその背後には、無数の氷柱と一つの巨大な氷山が…。一体、ここで何が起きたというのだろう。
「松永さぁぁん…」
そうか。やけに疲れるのは、松永さんが《氷河》の力を解除していないからだったのか。しかし、解除するとなると氷の拘束も解けてしまい、あの『魂魄』に憑依されたのであろう二人も復活するのだから、詮方ないか。
「は、はい」
私の泣きそうな声に、松永さんは驚いて恐縮したか、ビシリと立ち上がると次の言葉を待った。
「《氷河》の力…もういいですよぉぉ…」
「あ、は、はい!」
松永さんは即座に《氷河》の力を解除。その刹那、周囲を覆っていた氷が全て蒸発し、体感気温も数度上昇したように感じられた。
無論、拘束が解けた、『魂魄』二人は、呻きながら上半身を起こす。が、しかし、師範が即座に首に腕を回して拘束したので問題は無くなった。少々、非人道的な気がするが、そこは問題としてはいけない気がする。
「は、離さんかい!」
「…」
「暴れるな、大人しくしてろ!」
もう、苦しそうなくらい暴れまわる関西弁で長い髪の毛で輪を作り、頭の両側で作っている天女のような娘と、
ありえないくらい冷静無口で、師範の拘束には全く抵抗しようとしない糸目の娘。
それぞれ、漫然として着れればいいや。ってくらい、男物の羽織と、藤の花が描かれた紫色の着物を着ていた。
服装に関しては、憑依されたままの件が多いから、それが本人達の趣味なのだろう。
「師範…頼みます。少し休憩させてください…」
師範が拘束する二人を私の目の前まで連れてきたけど…とてもじゃないけど、封印するほど気力が残っていない。
いやね、封印するだけなら精神力・体力云々関係ないのだけれども…先ほどから感じる、圧力が妙に気になって…。
「あ、ああ…」
師範は首肯し。立ち止まった。私があれをする覚悟を決めるまでの間にも関西弁の娘は暴れまくるわ、無口の娘は何も喋らないわ、下間さんは松永さんと意気投合するわ、双葉の料理は下手わで大変だった。
最後の方が関係ない気がしたものの、それは捨て置こう。さて…あれ…しなくちゃならないんだっけ…。まあ、まずは二人の名前から確かめるとしますか…。
「師範、二人の名前…『魂魄』の名前等、分かりますか…?」
- 36 名前:日和見金吾 投稿日:2008/06/30(月) 05:34
- 「あ、ああ。河内の三好蓮華、丹後の武田真冬。それぞれ、《地天》と《将軍》という『魂魄』に乗っ取られているが…」
三好さんに武田さんね…。河内の大名に三好という奴が居たから、恐らく関西弁の方が三好さんだろう。
「ありがと…。三好さん、武田さん…。あの…いいですか…」
何がいい? と問われれば、無論、あれ、をする許可である。別に許可を頂かないといけないという謂れはない。
ただ、「私が問答無用であれをした」という事実さえなければ、それでよかった…。
「いいわけないやろ、どあほ!」
分かっていた事。相手は人間ではなく『魂魄』なのだから、拒絶されて当然だ。ただ、私としては三好さんに拒絶されて悲しい。
誰の為に、こんな疲労困憊・満身創痍の状態になってまで、比叡山を西から東へと歩いたのだと…うう…。
「…」
一方の無口の武田さんは何も喋らず。しかし、強張っていたと思われる表情が崩れたので、此方は素直に負けを認めたのだろう。
ここまで来ると、呂布と張遼という二人を思い出すが…張遼役の武田さんの《将軍》は、三好さんの《地天》を説得してくれるのかな。
いや、ないでしょう。流石にそれはないでしょう。だって、武田さん、喋らないんですもの。
「武田さん…よろしいですか…」
「…」
私の二度目の問いに、武田さんは首をガックンと振り下ろした。…肯定の意味合いだろうか。
直後、師範の腕の中で崩れ落ちた武田さん。これで《将軍》は封印された事になるが。さて、後は孤立無援となった三好さんだが、これも問題はない。。
日本人たるもの、周囲に流されて生きていくもの。自分の意思で決定する事が、かなり少ないのだ。
そしてなによりも孤独を恐れる。《地天》は折角合流した《斬破》と《将軍》が呆気なく封印されたのを知り、師範に拘束されながらうんうん唸る事数刻、下間さん松永さんの膝枕で眠りはじめた頃に、ようやく《地天》も心が折れ…封印された。
まあ、いくら師範に拘束されてはいたと言っても、力は使えるだろう《地天》は、最初から封印されるつもりだったのかもしれない。
彼我戦力は、《神速》《斬破》《氷河》に師範が居るから4対1。圧倒的に、此方が有利だったのだから。
さて。問題は、気絶した状態の二人をこのまま比叡山に放置して、私達は悠々と京都に帰ってもいいのか。という事だ。
否、それだけは許されないだろう。私の株価が、さらに降下してしまう。それだけは嫌だ。
と、いう事で考えてみました。
「おい…宰相…これは、どういうつもりだ…?」
一番下に、力自慢の師範。その背中に気絶している武田さんと三好さんをおぶらせ、その二人に下間さんをしがみ付かせる。
両肩に松永さんと双葉を配置し、師範にしがみ付かせ、私が肩車するようにして、何とかその頂に乗る。
「これしか方法がないんだよ。諦めて、師範」
「くそ…。尋常じゃねえぞ…」
そう。これは一種の裏技である。こうして、一つの足に皆が群がり、《神速》の能力で加速すれば、あっと言う間に京都へ帰れるのだ。
この裏技は、『魂魄』を探し始めた頃、双葉が使っていたのを見て思いついたものだ。われながら、奇策を思いついたものである。
「走れば、ものの云半刻だから。さあ、師範、進もう!」
「畜生…!」
その後、無理な体勢だった為、師範が押し潰されたのは言うまでもないだろう。
- 37 名前:日和見金吾 投稿日:2008/07/01(火) 05:52
- 摂津大坂城。未だ太閤殿下の御威光が残っていると揶揄される予の黄金の茶室…。
「…拙者から見れば、秀頼君の方が逆さまに見えるでござるな」
やけに小難しく、かつ、見た目に反して理論的な少女が予と目が合う。いや、それだけなら普通だろう。
問題は、その少女が立っている場所だ。こんなの、物理法則的にありえない。ついに天地が狂ったのかと思える。
なにせ、少女がたっている場所は、天井なのだから。ああ、天井裏とかいう問題ではない。天井に、逆さまに立っているんだよ。
しかも、重力によって捲り上げられるはずの袴が捲りあがらないという事は、その少女が立っている所だけ重力が反転しているとしか言いようがないだろう。
「い、いや、でも。天井に立っている方が、絶対におかしいよ」
「おかしいでござるか? あ、いや、ごめん。確かにそうであるな。拙者、屁理屈を言ってみたかっただけでござる故」
あ、ああ…そうなのね。屁理屈ね…。それにしても、この少女は誰だろうか。
不法侵入者…? 徳川の刺客…? それとも、母君が寄越した室…にしては、無礼だろう…。
侵入者と刺客だと考えれば、我が豊臣家の防犯規模が知られるが、どうなのだろうか。誰か教えて頂戴な。
「ん、ん? 中々悩ましい顔をしているでござるな…。しかし、安心召されよ、秀頼君。
拙者は、大坂城なんて基本は興味がないでござるからな。そして、秀頼君の御印を頂戴する必要もないのでござる」
「じゃあ、どうしてここまで…?」
予が、ようやく聞きたい質問をぶつけると、目の前の少女は口を濁らせた。
「ん…いや…。拙者が、ここでしか戦えないから…かな。秀頼君!」
そして、
「山城にいる、一色崇伝を大坂城へ召還してほしいでござるよ!」
幕府の重鎮を呼べと頼んで来た。出来るわけないでしょう。豊臣的に考えて…。だから予は両手を振り、拒絶する。
「無理無理無理無理無理無理無理無理!!!」
だってそうでしょう? 下手に動けば、徳川殿が変な言いがかりをつけて挙兵に及ぶは必至。
片桐はウン○コ我慢しているような喋り方で落ち着かないし、母上はあんなんだし…。
いざとなれば、豊家を守る盾なんて無いのだから。…自重しないといけないのにさ…。
「大御所様がお怒りになられるから、それは絶対に、無理!」
「…詮方ないでござるな…」
「わかってくれたか…」
予が肩を落としたのも束の間。目の前の少女はいい笑顔で一つの策を提案してきた。
「なら、崇伝が来るのを摂津大坂城にて待たせていただくでござる。よいな、秀頼君」
「う…」
うっそーん…。もとより、予に拒否権なんて存在してなかったのか…。豊家万歳…。そして、太閤殿下、申し訳ありません。
不肖秀頼、これからは身命投げ打って、一刻でも長く豊家の存続に尽力致しまする…。ああ、胃が痛い…。
「じゃあ…客将として…迎え…ううん…」
無断で客将を迎えると、片桐がうるさい。どうしたものか…。
「なるほど…反対派がいるわけでござるな」
「あ…いや…はい…。予の独断で、客将を迎えるのは厳しいんだよ」
「ふっふーん…なるほど…」
やけに嫌な笑顔。少女は口元を緩め、そのまま予の私室を去っていった。
刹那、ウン○コ我慢してそうな喋り方をする事で定評がある片桐の悲鳴が…。やばい。あれは脅迫してる…。
「…知らなーい、知らなーい」
もう知らない。住み着くなら勝手にしてほしい。崇伝を呼び寄せるのも勝手にしてほしい。もう、豊家は終わりじゃあ…うう…。
- 38 名前:永劫練武 投稿日:2008/07/02(水) 19:36
- 天文9年。世の中は群雄割拠し、各の武将が天下統一という野望に忠実になっている。下剋上、領地争い、世継ぎ争い…。世の中は混沌で溢れていた。
その中の一家、細川家から独立したての三好家
は天下の情勢を伺いつつ、まずは地方統一を先決とした。
そしてその家の当主三好長慶。卓越したカリスマ性を持つ彼はいつでも配下の憧れの的だ。
「よし、皆集まったな。評定を始める前に皆に紹介したい者がおる。」
長慶は顔を襖へと向けると、扇子を膝の上でパァンと鳴らした。皆の顔が一斉に襖の方へと向く。すると襖が
スッと開き、向こうから男が姿を現した。その男は長慶の近くへと歩み、座った。
「この者の名は松永久秀だ。これから宜しく頼むぞ。」
その久秀という男に将達の視線が集まる。
見た目は闇のような黒に白髪が混じった髪で、長慶よりも少し年上ぐらいに見え、冷静な雰囲気が感じ取れる。だが服装は黒の陣羽織に金で描かれた蜘蛛と、
少し派手めだ。そして何よりほのかに火薬の匂いがした。
「拙者の名は先に大殿が仰った通り、松永久秀と申します。
まだまだ新参者ではございますが、宜しくお願い致しまする。」
「うむ、では評定を始めるぞ。」
評定が終わると将達が久秀へと集まる。
大体は、「どこの出だ。」など他愛もない世間話だ。
しかし、一人だけ久秀に対し違う質問…いや頼みを言った者がいた。
「おい、貴様。俺と手合わせをしろ。」
男の名は十河一存。長慶の実の弟で、鬼十河と呼ばれる男。その武は計り知れない。
真っ白な甲冑に身を包み、白髪。そうすべてが白い男だった。
「いいですが…どこでなさいますか?」
久秀は笑顔を崩さない。一存の殺気にも動じていないようだった。
「そこに広い訓練場がある。そこでやるぞ。」
「わかりました。ではいきましょうか。」
久秀と一存は訓練場へと向かっていった。
「馬鹿な奴だなぁ。あの松永とか言う新参者。
今まで十河様と戦って無事であった将や兵などおらぬぞ。」
「まぁ、面白そうではないか。皆で訓練場に
行って見ぬか?」
「おおそれはいい。結果は見えているがな。」
かくして将達に見守られ、二人の戦いの火蓋は切られた。
- 39 名前:日和見金吾 投稿日:2008/07/04(金) 14:15
- 比叡山からの帰路を、数人を負んぶして疾走する師範が転倒を繰り返す中、ようやく私達は一色本家へと帰ってきた。
流石に5度目の転倒には、気絶していた三好さんと武田さんも目を覚ましたが、そこは捨て置こう。
…問題は、そこからだ。
「えへへ」
邸の正門の前で照れ臭そうに笑う、下間恋さん。
「…」
相変わらずの無口を貫き、手を体の前で組み直立する武田真冬さん。
「ええやないか、ええやないか! ここ、こんだけ広いんやし!!!」
そして、流暢な関西弁を用い、色々な状況に巻き込まれて唖然とする私の肩をバンバン叩く、三好蓮華さん。
比叡山にて、それぞれに憑依していた『魂魄』を封印された3人が、私の本家の門前にて横一列で整列していた。
…世の中の女性というのは、とても強い精神力の持ち主だ。いくら各々が『魂魄』の脅威を知っているといえど、
何故、何故その諸悪の根源である私の本家に移り住むのか理解できない。
武田さんに至っては、実家がかなりの名家らしく、丹後の実家から自分の家財道具を使用人に頼んで移して来る程である。
そこまでした武田さんを、いきなり丹後に追い返すわけにもいかず…。
また、下間さんも貧しいお家柄で両親もとうに亡くなっているという事で 【 一 時 的 】 に渋々迎える事となったのだが、
あれだけ嫌がっていた《地天》こと三好さんまでもが、そのまま本家に住むことを決断したのはさらに驚きだ。英断とは言い難いがね。
…私は出来る限り、無関係な人を巻き込まないように説得するつもりだ。まずは、三好さん。
「あの、三好さん、結局は…」
「「さん」つけなんて、他人よがりな言い方せんでもえーがな! 蓮華って言いや、蓮華って!」
…慣れ慣れしい人…。いや、嫌いじゃないけどね、私としては。
「あ、あの蓮華さん、結局は…」
「せやから、「さん」付けせんでもえーがな、て! 蓮華でええ言うてんねや!」
…せめて、そこだけは譲歩するとかいう心意気はないのかな? 正直、鬱陶しい。下手をすると、殴るかもしれない。
だが私も仏の御使い。女人を殴るとかいう蛮行は絶対にしないとも。これは、仏様に誓って。
「れ、蓮華。結局はさ、面白半分で住もうとしてない…?」
「せや、せや!」
即答か。駄目だ、蓮華は駄目だ。話にならない。となると、追い出すようで悪いが、今のうちに下間さんと武田さんに…。
「あたしも恋って呼んでー!」
「ぬ、抜け駆けか、貴様等。一色さん、私の事も智代と親しく呼んでくれ!」
…だがなあ…下間さんに松永さん、さらに話をややこしくするように、割り込まないでくださいな…。あ、双葉の方から圧力を感じる。
「あ、はい…」
…情報が多すぎて整理しきれない。私は何を質問されたのだったっけ? とりあえず、私は首肯して全てを受け流す事にする。
そんな劣勢気味の私を激励するかの如く、肩を叩く者ありけり。この力強さは、双葉が覚醒していないと仮定すれば師範だ。
その師範は私の耳元で、不気味な単語を囁いた。もう、それは私にとって、堤防が決壊したかのような…。
「宰相…」
「へ?」
「諦めろ」
いいいいいいいいやあああああああ…。仕返しか、仕返しか!? デンジャラスな輸送作戦の仕返しか?
- 40 名前:日和見金吾 投稿日:2008/07/04(金) 14:50
- あたしの夜はとっても早い。
まだ幼いからかな、夕餉を済ませると湯浴みしちゃって、そのまま戌の刻には寝ちゃうんだ。
でも今日は、本当に疲れたの。比叡山にまで登って、双葉ちゃんと崇伝兄ちゃんと戦って…疲れたの。
芝刈りの途中で《斬破》ちゃんに憑依されて、よくわからないうちに比叡山まで登って…でもね、《斬破》ちゃん、悪い子じゃないの。
暗い木箱の中に閉じ込められて、その間に焚き付けられた復讐心だけで生き続けているような、可哀想な子なの。
私には分かるの…でも…くぁぁ…もう…眠い…や…おやすみ…。
「すーっ…」
…。
…。
「こんな小さな子も巻き込むんだからな…」
私は、夕餉を済ませたばかりなのに、畳の上で昏睡してしまった恋を見て、思わず呟いた。
だが、『魂魄』にも責任があるわけじゃない。それだけは分かった。今より600年程前、安倍晴明によって小さな木箱に封印された、
いわゆる犠牲者なのだから。封印されるそれまで、『魂魄』達は己が持てる最大限の知識を、数々の術者と交換し合い、一つの道具として生きていたであろうに、その生活を崩した陰陽師を当たり前の復讐心で呪っているだけなのだ。
…だから、終わらせる必要がある。私が、何かの過ちで封印を解いて『遊戯』を開催したのにも、何かしらの繋がりがあったからだろう。もう、再度封印するなんて事はしない。魂は解放してあげよう。
「安倍晴明…。ぶん殴ってやろうかと思うよ…」
そして、またも思わず呟いてしまった。…私の中には、既に故人であるはずの安倍晴明へ対しての殺意だけが沸き立っていたのだ。
ああ、明日は七夕だ…。そんな日でも、『魂魄』は私を襲ってくるのだろう。楽しめばいいのにな…楽しむ心も無くなったのかな…。
常陸から伊賀を繋げる東海道。その最大の難所とも言える、箱根の峠をようやく御嬢様は踏破なさいました。
「あっつぁー」
そう愚痴を溢される御嬢様のお背中は難所を越えたばかりなので、まだ火照っていらっしゃいます。
私、《司法》こと二階堂幸恵に背中を押されて、早く宿にありつきたいと先を急ぐのは生まれも育ちも常陸の水戸…。
そう、何を隠そう、彼女はかつての常陸守護佐竹家の血の流れをさりげなく受け継ぐ名家の長女、佐竹桃花様なのでございます。
ああ、ですが「暑い暑い」と項垂れる令嬢の背中を押しながら、炎天下の東海道を進むのは一苦労。
ですが、従者として、そのような弱音を吐く権利は与えられておりませぬ。私が持ち合わせているのは義務だけ。
そう。主である御嬢様をお守り致す義務ただ一つ。故に、私は御嬢様を励まします。誠心誠意込めて、励ましまする。
「御嬢様、暑い暑いと項垂れておりますと、余計に体力を消費してしまいますよ。さあ、黙って進みましょう」
ですが、常陸を出立してから此の方10日間。既に「がんばってください」関連の激励のお言葉は、5000回を突破しております。故に、もう、「がんばってください」という言葉は御嬢様にとって、何の効果ももたらさない犬畜生の戯言にしか過ぎなくなっているのです。
「さあ。御嬢様、足を前に、前に、前にー」
「…」
- 41 名前:日和見金吾 投稿日:2008/07/04(金) 14:52
- 「…」
「前にー」
「…もう、無理…疲れたわよ」
…。そうでございますよね…。鍛えられた私とは違い、御嬢様は生まれつきの箱入り娘にございますから。
御嬢様は元より茶碗より重いものを持った事がなく、1日において自分の年齢の数も歩くことが無い、素晴らしいまでのか弱いお方なのです。そんなお方に、10日間も東海道を歩かせるだなんて…。非道に尽きます…!
一色崇伝、許すマジ。
《斬破》《将軍》《地天》すらもが封印された日の子の刻。既に日が替わろうとする中、二人の少女は暗闇の中『遊戯』勝利の為に『魂魄』の中においては珍しくも、その脳みそを忙しく回転させて、今後の動きについて話し合っていた。
半分より欠けている月の光を体に浴び、《風伯》は窓に腰かける。窓は少々高い位置にあるが、己を風力で押し上げればこの程度の高さの腰掛けなんて造作もない。
「比叡山へ行ったな…。《武雷》、今度はどうするつもりか? まさか、また様子を見るのではあるまいな」
灯りすら灯していない、都にある医院。その病室で、《風伯》は病床に身を置いている《武雷》に、柳生宗矩が一色崇伝と関わっている事が確定した旨を伝えた。
「ふむ…。なら、柳生めをここへ連れ…それを餌にして、一色崇伝を誘い出す…」
「大丈夫か? 長尾香澄とかいう人物は、柳生めを敬愛しておるが…」
問題はそこだ。下手に、宿主を精神的に刺激すると、暴走して『魂魄』が逆に封印される可能性が高い。
下手に人殺しをするのは、『魂魄』にとっても、デメリットでしかないようだ。特に、宿主が香澄と観閑の場合は…。
「その柳生めを、その能力にて仕留めるとなると、香澄めが御主を封じるぞ?」
《武雷》も、柳生が殺される際の危険性は重々承知だ。別に《風伯》に念を押される謂れはない。
だが、両者は兼ねてより犬猿の仲。《武雷》が虚弱な娘に憑依したせいでもあるが、今下手に争えば《風伯》に軍配が上がるのは必須。
《風伯》に対して痛烈な皮肉を言いたい衝動を抑え、《武雷》は笑って言い返す。
「…案ずるな、《風伯》。殺しはしない。生きているという安堵感さえあれば、私が封印されるほど、心が掻き乱される事もあるまいて」
果たしてそうだろうか。所詮、これとて《武雷》の客観でしかないのだから、甘く見るべきではないのだが…。
…やはり、《風伯》が一歩前に出なければ、《武雷》はやりすぎて、自滅する可能性がある。《風伯》はそう思い、策を出す。
「上手く、誘い出せば、後は私に任せて貰おう。いくら《武雷》と言えども、病体の女子が宿主では充分に戦えまいて」
「…助かる」
こればかりは本音だろう。《風伯》も《武雷》も、互いが協力関係である事が利益に繋がるのをようやく知ったらしい。
…ただ、それを言葉にする勇気もなく…ついついいがみ合ってしまうのが難点なのだろうな…。
そろそろ、仲直りするべきかもしれない。此度の『遊戯』は勝てる。勝った後は、楽園で仲良く暮らして行けるんじゃないだろうか…。
その夜、半分にも満たない月は、いつまでも二人を平等に照らし続けてくれた。
第二局・『比叡山で七夕前夜祭』 完
- 42 名前:永劫練武 投稿日:2008/07/04(金) 18:49
- >>38続き
「構えよ、松永久秀。」
自分の身の丈ほどあろう長刀を、一存は片手で軽々と持ち上げ久秀へと切っ先を向ける。
一存の長刀の切っ先は、久秀の目に刺さるか刺さらないかの距離にある。
「……。」
対する久秀は少しだけ長めの刀を取り出す。そしてそれを同じく、一存へと向ける。
「…ふ、行くぞ。松永久秀。」
「…どうぞ。」
久秀は軽く返事をするだけだ。一存はニヤリと笑うと体を低く沈め、目にもとまらぬ速さで突進する。
その速さは本当にあの大きさの長刀を持っているのか、と思うほどの速さだ。
「てりゃぁぁぁぁ!」
「ふッ…!」
一存は長刀を思い切り振りかぶり、久秀を真っ二つにする勢いでなぎ払う。
しかし、久秀は少しだけ後退すると刀の切っ先を刀で守る。
それを10合ほどやると、久秀の動きが変わった。
「私は、同じ攻撃を受けるほど甘くはないよ。」
「なにっ!?」
そう、久秀は目に見えぬ速さで思い切り後退したのだ。そのせいで一存は隙ができた。
「死ね。十河一存」
守勢だった久秀が、隙だらけの一存に斬りかかる。しかし…
「甘いわ!松永久秀ぇっ!」
一存は体を思い切り捻ると、久秀の腹に蹴りを入れる。
「がッ…!?」
ズガガガガガッ!ドコォォン…
思い切り蹴られた久秀は、勢いよく跳んでいき、武器庫の壁にぶつかる。
武器庫の壁には思い切り穴が開いている。一存の減給は確実だろう。
「お、おい…もしかして死んだんじゃないか…?」
「壁に穴開くほどだもんなぁ…。まず意識は…」
周りで観戦していた将がざわめき始める。あの一存の攻撃だ、まずただでは済まされない。骨折か二度と剣を握れなく
なるか、最悪の場合死もありえる。
武器庫に視線が集まる。しかし、武器庫には久秀の姿は無かった。周りの将、一存は目を見開く。明らかに久秀はあそこへ飛ばされたはずだ。
「どこを見ている。」
一存は背後に気配を感じ、思い切り前へ跳び振り向いた。そこには、先程飛ばされたはずの久秀が立っていた。口や頭から血を流している。なにより、先程より目の色が違った。
「…さすがは鬼十河。あの力は流石だ。」
「ならば、私も本気で行かせて貰う…!」
驚くほどの殺気を帯びている久秀に周りの将も、あの一存も臆する。
しかしそれより驚いたのは久秀の目の色が、真紅に変わっていくことだった。
- 43 名前:永劫練武 投稿日:2008/07/04(金) 21:46
- 「…すぅぅぅぅぅ…」
足下に広がる真紅の光に当てられながら、久秀は深呼吸する。左目の目尻に赤い竜の模様が浮かび上がる。
光がおさまると、久秀は息を吐き出す。久秀の周りが暑い。
「…ふむ…こんな感じか。」
足下から出てくる焔を均する。一存や周りの将を殺さないように力を調節しているようだ。
「何者だっ…!?貴様…っ!」
一存は驚きを隠せないようだった。それもそうだ、いきなり足下から焔が出てくるのだ。驚かない方がおかしい。
「…別に、何者でも無いがね…では続きを始めるとしようか」
久秀は足下に黒い粉を振りまく。匂いからして火薬だろう。
そして次の瞬間、久秀は刀に焔を纏わせ、その火薬に火を付けた。
焔が一存へと一直線に向かう。
「ぬ…おぉぉぉ!」
「ほう!おもしろいな、貴様は!」
一存は脅威の反応で右へと避ける。しかしそれでも間一髪だった。あと1秒反応が遅れていたら確実に丸焦げだ。
久秀はニヤリと笑みを浮かべると、体勢を低くする。
「それではこれではどうだ!」
そう言うと久秀が消える。
代わりと言っては何だが、焔が点々と一存へと向かう。恐らく、久秀の足跡代わりだ。
しかし速度が一存の突進とは桁が違う。騎馬の突撃並み、いやそれ以上と思われるスピードだった。
「くっ…っ!」
一存は逃げず、長刀で久秀をいなした。久秀の速度が止まり、その姿が現れる。
「はははははっ!おもしろい!貴様はおもしろい!」
そう高笑いすると、久秀は右手を挙げる。その右手から焔が巻あがりそして…!
「な、なんだ…あれは…!?」
右手から現れた焔はどんどん形を作り、大きな焔龍となった。
「さぁ、これも避けられるかな!?」
「くそ…これまでかっ」
- 44 名前:永劫練武 投稿日:2008/07/04(金) 22:16
- 「一存叔父!白黒の人!やめてよっ!」
女子の声が響く。
一斉に皆が声の方を向く。声の主は、将を飛び越え、2人の近くに立った。
「誰だ…貴様。」
「かっ、勝姫!?危ない、下がっていなさい!」
勝姫と呼ばれる少女は、年齢が13歳前後であろう、少女であった。
幼く、小さな体つきに反して、頬はぷっくり膨らんでいる愛らしい少女だ。
「止めてよ。これ以上の闘争は無意味だよ?」
「五月蠅い。元はと言えばあ奴が申し込んだ闘争だ。どちらかが倒れるまで続ける。」
「もぅ…しょうがないなぁ。」
勝姫が手を掲げると、焔龍が音もなく消え去った。一同驚いたが、一番驚いているのは恐らく久秀本人だろう。
「き、さま…!何者――」
その言葉を最後まで言い終わる前に言葉を止められてしまった。勝姫が接吻をしたからだ。
「!!!???」
周りが驚く。恐らく漫画で言う目が飛び出る程のビックリ。
「さぁ、落ち着いたでしょ?」
久秀の目の色が元の色へと戻っていく。それと同時に焔も消えてゆく。
「あぁ…だが本当に貴様は何やつだ?」
「その説明は、私がしよう」
- 45 名前:永劫練武 投稿日:2008/07/04(金) 22:18
- その声を発したのは、当主三好長慶。その隣には弟安宅冬康が立っていた。長慶は勝姫の近くに歩み寄り頭を撫でながら、語り始めた。
「この子は私の娘で一存の姪の、三好勝姫だ。」
「なんと…大殿の姫君でしたか。これはご無礼を。」
久秀は恭しく頭を下げる。
「いいんだ。僕は気にしてないし。」
にこっと、天使のような笑みで久秀に笑いかけた。はっきり言って可愛い。
「で、この子に不思議な力が備わっているのをみたかね?」
「はい。私の力を沈めてくれましたね。」
「あぁ…この子にはキミのような力を沈める力と、封印する力を持っている。」
「…それ故に命を狙われているのだ」
勝姫は幼少の頃より自身の力をつけねらう者から命を狙われていた。故に勝姫を守る者が必要になっているのである。
「そこで…だ。キミにこの子を娶って欲しいんだ。」
「は?」
突拍子もない声を出した。突然娘を娶ってくれと言われるとさすがに久秀でも驚く。
「私は、キミの力を見込んで頼んで居るんだ。まぁ…これは命令だね♪」
「・・・・」
久秀は黙る。明らかに職権濫用だ。
「わかり申した。殿の姫君、若輩者の私ですが、娶らせて頂きます。」
「よろしくね!久秀!」
かくして久秀は仕えて1日目で久秀は自分の上司の娘を娶り、裏は勝姫を敵の手から守る役目を仰せつかったのであった…。
第一章 三好家仕官 完
- 46 名前:永劫練武 投稿日:2008/07/05(土) 20:45
- 第二章 刺客登場
「だから!これを飲んでッて!」
「遠慮する!何故私がそんな怪しい薬を飲まねばならん!」
私は全力で薬を飲ませようとする、勝姫を全力で押さえる。明らかにあの色はやばい。
「飲むにしても何故そんな紫色なのだ!絶対苦い!」
「えっ、あー…大丈夫!甘いって!」
絶対苦い。絶対苦いぞ、あの薬。
「もうしょうがないなぁ!えいっ!」
「!痛!」
「今だ!えい!」
「ぐがっ!ぐががががが!」
うわ、押し倒した。こいつ。しかもこの薬苦っっっっ!
「げほっ、がはっ!がっっ!ぐはっ!」
苦い、しかしそれ以上に体が熱い。私の力が私の体を焼き殺しそうだ。
「き、さま、何、を飲ませた…」
「僕が調合した薬。君の力と運動能力を強化する薬なんだ。」
うむ、そのような薬なら有り難い。だがまずその前に色と、味をどうにかして欲しい。
「しかし、何故能力を強化させる必要がある…?」
「うん、もしもの為だよ。あと効き目はもう効いているから。」
ん、そういえば先程より体軽くなっている気がする。あと内から吹き出す力も先程より比べものにならんな。
「ところで勝姫、腹は減らないか?」
「うん、お腹減った!」
「そうだな…では今日は外で食べるとしようか。」
「ホント!?やったーっ!」
勝姫が無邪気に喜んでいる。正直言うと可愛い。
と、私は何を考えているんだ。集中、集中…。
まぁ、その後勝姫を軽く着替えさせると城下町へと出た。もう夏のせいか外では風鈴を売っている。
「うーん、あっついねー久秀。」
「私は焔の力を持っている。このような暑さなど熱いうちには入らん。」
暑さをあまり感じないのは本当のことだ。皆が暑い暑いとへたるなかで私だけが、平気でいる。むしろ火の中でも生きられる位だ。
「…あっ、久秀。僕あれ食べたい。」
勝姫の指の先には、水羊羹屋があった。…私は水羊羹は嫌いなのだが。
そう思いながらも渋々買ってやることにした。
- 47 名前:呉懿 投稿日:2008/07/05(土) 21:16
- もう、本当に心休まる場所が少ない。我が家だというのに、一色本家だというのに、緊張しっぱなしなのは、邸の住人が他人ばかりだからだろう。こうなると、まだ江戸城の方が落ち着けたかもしれない。
だから、近所の悪友は、丁度いい愚痴の捌け口となるので、貴重な時間なのだ。
そういう事で私は、本家から少し歩いた所にある、剣術道場の師範、上泉信康という胡散臭い名前の悪友と語らっていた。
もうね。双葉は料理が下手だわ、松永さ…智代さんはよく働いて申し訳ないわ、恋は幼いわ、蓮華は関西弁で五月蝿いわ、武田さんは何も喋らない置物のようだわで愚痴る私を、上泉はただただ見つめていた。そして
「…お前、羨ましい悩みを持ってるんだなあ…」
そう言って来たのだ。それはもう、さながら「ああ、茶器っていいよね!」と甘い吐息を漏らす滝川一益が如くの表情でだ。
「羨ましい?」
「ああ、羨ましいとも。今日の朝、邸の前を掃除する武田ちゃんと松永ちゃんを見たぞお。二人とも、やけに美人だったじゃねえか」
…珍しいな。家事全般を妻に任せ、自分は専ら道場から出ないこの男が散歩とは…。
しかも、身振り手振り激しく表現する当たり、あの二人に相当の衝撃を受けているらしい。
「確かに…えらい美人が転がり込んだな。とは思うけど…」
「だろ!? あれはとんでもない逸材だ。特に、恋ちゃんは凄いぞ…? あの不揃いな後ろ髪がたまらん…!」
「…」
駄目だ。こいつと話し合っていると、私の松永さん達を見る目が変わってしまう。何か話題を変えなければ…。
「ところで、上泉。七夕の日だけど、お前、春日(かすが)さんと出歩くのか?」
春日さんと言うのは、言わずとしれた上泉の妻だ。本当は「はるひ」という名前なのだが、「かすが」の方が大和撫子っぽい。という事で、「かすが」と呼ばれるとても美しい女の人で、私が南禅寺の住職として京都を出立する折に一度見た事がある。その頃から、私の記憶の中ではかなり目立った人なのだが…。
「いや、俺達は家の中で七夕を過ごそうと思ってさ」
どうやら、ご尊顔を拝する事は出来なさそうだ。上泉め、なんやかんや言っても、愛妻家だから困る。
「だけどよぉ、お前どうすんだよ」
「なにを?」
「とぁ・ぬぁ・ぶぁ・とぁ!」
「え? 何て?」
「七夕!」
なら、そう言って欲しかった。てっきり、何かの呪文かと思って聞き入ったよ。
七夕…ね。昔…本当に昔の頃、双葉と一緒に出歩いたのが最後で…その後は、まあ…世間的に「男が女といるなんてー」という、子どもならではの「男女差別」に私も巻き込まれまして…。
私も男だったから、翌年からは双葉を放置して当時の悪友と出歩いたわけだけど…。まあ、悪い事をしたな。とは思って、最後は謝ったんだけどね。うん。あれは私が悪かった。
「双葉でも誘おうかなー。お前、来ないんでしょ? 春日さんと居るから…」
「何度も言わせるなよ。春日と二人っきりの夜だぜ? 羨ましいだろう」
…羨ましい悩み持ってるなー。とかいって、睨んできたのはどこのどいつだったけな。まあいいや。
「…師範を誘うにしても…そういう柄じゃなさそうだし…だけど、放っておくと、後で五月蝿そうだから…」
- 48 名前:日和見金吾 投稿日:2008/07/05(土) 21:19
- 武田さんは、無口冷静という事から私の中で自動消去。あ、でも武田さんを一人にするのは色々問題か。
じゃあ、師範…うーん。武中さんも誘うか。恋か…恋は誘っておくか。お祭り好きそうだし。蓮華は…騒げれば地獄でも行きそうだから、誘えば来るだろう。誘わなくても来るだろう。んで、双葉。あれ、結局皆誘う事になったな…。
「凄い長考だな…。そういや、お前の所、住人増えてるもんな…。家賃貰ってるのか?」
「家賃?」
その唐突な問いに、私の頭の中で渦巻いていた思考は完全に停止。今度は金銭面について考え出したのである。
「ほら、お前の邸、なんやかんやで広いじゃん。集住住宅にすれば、儲かるぞー」
「…あのね、ただの古臭い邸だから…。流石に他人同士が金子を払って住むのは…」
実際、金子頂いていない状態で何人も住んでいるけどね…。
「え? 他人同士じゃねえの? となると、武田ちゃんと松永ちゃん、細川ちゃんもお手つき!?」
「ばっ…馬鹿!!! 他人だよ、凄いくらい他人だよ!!!」
どこで間違えたのか、誤解が生じたようだ。この男、油断できないな。
「なーんだ…。まあ、金は頂いてないって話だな?」
「そーだよ…。大体、私は俗世から離れた身だぞ? 金子を頂くわけがないだろう…」
「…そりゃそーだ。お前が仏さんなんて、すっかり忘れてたよ!」
…これは酷い。生甲斐としている職業故、こう言われると実に落胆してしまう。
私はこのままこの男と話していると、自分が腐りそうな気がしてならないので、そのまま道場を後にした。
平安京では何だか、大きな鳥が西から飛んできた。とかいう噂が広まっているようだが、知った事ではない。
七夕気分に浮かれた町衆が、幻覚でも見たのだろうに。ああ、後で仏の有難い教えを説いてやるのも悪くない。
「ただいまー」
「たっだいまー!」
邸の唐門を小さなお手手と布で綺麗にしてくれていた、齢9歳にして『魂魄遊戯』に巻き込まれた不幸な美幼女の下間恋を回収し、私は恋と一緒に邸へ帰った。
恋は『魂魄』を封印した折の事を知らないだろうが、何故自分がこうしていられるのか。その理由は知っているだろう。
だから私は、あれ、をした責任を人として果たすべく、小さな美幼女の言う事は何でも聞かなくてはならない身となっている。
「恋。草履脱いで、草履」
「うん」
野での生活が長かったのか、最初は履物のまま邸へ入ろうとする欧米式を我々に見せつけた恋だが、今日から教育する事にした。
若い者は物覚えがいいから、ドンドン吸収していく。いい意味でも、悪い意味でもだ。
その後、広すぎる邸の大掃除に従事する、大和から態々出向いてくれた、一見すると緩やかな美少女、松永智代さんに恋を預けて、私は幼馴染が故に不幸な事態に巻き込まれた細川双葉を捜して、邸の縁側を突き進む。
智代さ…んに、双葉。その二人も、私の不注意により全国に散らばった『魂魄遊